2017年5月21日日曜日

弘法市

暑い日が続くと、家の中も暑くなってくる
引き籠もってばかりもいられないので、出かけることにする
稽古着を脱ぎ捨ててー4ヶ月ぶりだーTシャツの上に、薄い綿のシャツを羽織る
最近見つけた南インドカレーを食べさせてくれるお店でお昼を食べ、進路を南に取る
基本、京都は北が高く、南が低いから、自転車をこいでいても暑さが気にならない
東寺の弘法市に行くのは何年ぶりのことか
この近くに仕事場があった時期には、毎月のように覗きにきていた
高校の脇に自転車を停め、境内に入ると、なかなかの活気
毎月25日にやっている北野天満宮の市よりもお店の配置に統制が取れている
市ってなんで楽しいのだろう
京都に遊びに来る人は、弘法市(毎月21日)や天神市(毎月25日)をめがけて来るとよろしい

























-----------------

片桐庸子さんコーナーですが、器がひとつ貰われていきました
まだ、大物が残っています
もっと前に、持ち込まれた花瓶も並べました
プロフィールもいただいたので、脇に掲示することにしました

2017年5月20日土曜日

あなたの体は9割が細菌

今年これまで読んだ本の中では群を抜いて面白かった。肥満は伝播してきた、免疫系における虫垂の重要性、自閉症と大腸の関係、経道出産時における母体から新生児への免疫系の伝達、等々。大腸のマイクロバイオータと呼ばれている細菌群の多様性とそのはたらきについて書かれている。ここ百年ほどの間に、抗生物質に代表される薬品が使われてきたことで、何万年もかけて築きあげられてきた人体と細菌の共存関係が毀損され、さまざまな問題の原因となっている。眼から鱗が何枚も落ちた。と同時に、晴哉先生の慧眼にいまさらながら驚かされた。禁糖前と禁糖後のマイクロバイオータの多様性の比較などしてみると、どんな結果がでるだろう? これから子どもを育てようという世代必読(稽古もしてね)。原題は"10% Human". 「10%だけ人間」という邦題だと売れないな。

あなたの体は9割が細菌 アランナ・コリン著 河出書房新社 2016

2017年5月16日火曜日

早く杖の似合う老人になりたいと思ってきたが、とりあえず二本の足で歩いている。いや、京都に越してきて以来、歩くことが多くなり、3キロ4キロは当たり前のように歩いている。これまで、杖を使っている人には、「杖は支えにしちゃいけない」と言ってきたのだが、実際に自分で杖を使って歩いたのは、熊野での経験(→熊野詣2)が初めてかもしれない。お遍路さんが杖を使って歩くのも、さもありなんという感じだ。

市販の杖は、ほぼ100%短くて頭にT字型の握りがあるタイプのものだ。いかにも杖を支えにしますという感じ。登山やウオーキング等で使われているものーこちらはストックと呼ばれているみたいーは、手を通す輪っかがついて、グリップが効くような握り手になっている。歩行にふさわしいのは、むしろ、行者さんが使うような長いタイプー錫杖と呼ばれているのもの。杖の先っぽを一歩先の地面に置くだけで、接点に力が加わらないよう歩く。坂道、石段を登るときには、足を運ぶのと同時に握ってる手を下に滑らせる。いや、手を下に滑らせることで足を運ぶ。杖は握りしめない。つまり、カタをもって杖を持ちさえすれば、これは可能だ。杖の役目って、稽古でいうと「跡おい」の感じ。杖を置いたところに自分の足を運んでいく感じなのだな。

熊野から京都に帰り着き、最寄り駅から等持院まで2キロほどの道のりをやはり杖を使って歩いたのだが、疲労困憊していたのにもかかわらず、足がスタスタと運べた。夜遅い時間だったから目立たなかったけれど、昼日中、長い杖をついて街中を歩くにはちょっと勇気が要りそうだ。回峰行の写真などみると、行者さんは自分の背丈より長い杖を使っている。ちなみに、熊野から借りてきた杖の寸法を測ってみたら125センチだった。最低、これくらいの長さは欲しい。伸縮式でオシャレな長杖ってないかな〜。

2017年5月10日水曜日

熊野詣 3

ゴールデンウィーク明けなので混み合ってる感じはしない
それでも、そこそこの人出
京都ほどではないけれど、外国からのインバウンド客の比率が高い
熊野に来るだけでなく、熊野古道を歩いてる
那智の滝に向かうバスを待っているとき、30歳くらいの肌の黒い若者と話したら、
インドのチェンナイから来たという

大門坂でバスを降り、石段を登り那智大社を目指す
それにしても、よく歩いてるな〜
那智大社、青岸渡寺を参拝し、いよいよ那智の滝と対面
坂を下り、滝に近づいていく
落差133メートルというのは半端ない

























滝壺の近くまで登る
幸いなことにだれもおらず、一人で滝と対坐する
水の塊が落下し、途中の岩にぶつかり、そこから水の膜となって広がり落下していく
ひたすら、水の動きに集注していく
20分もそうしていただろうか

バスで紀伊勝浦
もう一泊する選択肢はあったが、もう満腹
最終の特急列車に乗り、大阪回りで京都に帰り着いた

テーマ稽古をはじめたら

本部登録してる人に教えることはなにもない
というのが基本的なスタンス
稽古場には、ダン先生+その他、しかいない
指導者と呼ばれている人にしても、年数長くやっているというだけで、
分かっているかというと、そんなこともなくて、つまり五十歩百歩
ダン先生に梯子を外された回数が多い分
稽古始めたばかりの人に比べ多少転び方は上手かもしれない
その程度のちがい

テーマ稽古というのを設定したら、ポロポロと希望者が現れて、
「坐法」「臥法」をはじめ、「しずみ」「観点」といったテーマで稽古している
そのうちに、「裏の輪郭」だ、「中眼の随伴行気」だ、
つまり三日間の稽古会でやったばかりのテーマを抱えてやってくる人が現れはじめた
最新のことなど、とてもついてってないのに、そんなテーマでここに来るか?
と、言いたいところだが、一緒に稽古できる千載一遇のチャンス到来と喜んでいる

その人たちに尻叩かれて、随伴行気の一覧表とのにらめっこをはじめた
まったくありがたい話である
1時間枠で始めたものの1時間で収まりきらないところが難点
そんなわけで、2時間枠の稽古も受け付けることにしました

2017年5月9日火曜日

片桐庸子さんからお預かりした器、本棚の上に並べてみたら、いい感じです
希望される方に差し上げてくださいとのことですので、一度手に取ってみてください


こども稽古会

こども稽古会の詳細決定
やってくる話はお断りしないというのが主義
でも、小学生相手の稽古会をやることになるとは思わなかった
小学校低学年って、最近会ったことがないし...
去年、石川のワンネスの事務所にお邪魔したときに、十代の若者何人かに会ったが、
「わー、十代だ!」と感動したくらい

とうとう孫世代が相手ですよ
まったく未知との遭遇
話聞いてくれるのかしら、ことば通じるのかしら、心配の種は尽きない
とにかく、ゲームとして提示するしかない
会場は80畳分の板の間

昔よくやった合同稽古会の感じなのかしら
基本、ぼくらの稽古って、傍から見ると、「大のおとなが遊んでいる」
ようにしか見えないし、実際、遊んでいたとしか思えない
30代〜50代のおじさんおばさんが、体育館の端から端まで忍者走りで駆け抜ける
あの熱気、明るさ、邪心のなさって、いったい何だったんでしょうね
大人が遊べたんだから、こどもも同じように遊べるでしょう
立つ、座る、歩くとつないで、跳ぶで締めたいな

チラシをつくるというので、言い出しっぺのお母さんと作戦会議
できあがってきた下書きのプロフィール欄に、「米国を放浪し」などという一行
「いや、ぼく放浪してませんから」と訂正してもらったのだが、なんで、放浪者にされてしまうのだ

チラシは今週末には刷り上がってくるそうです


熊野詣 2

稽古着姿で杖ついて歩いていると巡礼者に見えるらしい。

バスで新宮に出て、最初に目指したのが神倉神社。岩山が御神体で、急な石段を登っていかなくてはならない。登り口に杖が用意されていて、参拝客はそれを借りて登って行く。細身でやや長めの一本を借りて登りはじめた。

























神倉神社からは新宮市内が一望でき、その先には太平洋。さて降りようとしたときに横道発見。牛の背経由速玉大社と表示されている。登って来た石段を降りてコンクリ道を通って速玉神社に向かうより、山道を抜けてった方が理にかなってる。道は山の中腹をアップダウンしながら続いている。いかにも古道という雰囲気。今回、熊野古道を歩く予定はなかったから、プチ古道ウォーク気分。無事、速玉大社近くの駐車場に降り立った。ただ、神倉神社で借りた杖をまだ手に持っている。

























速玉大社は熊野三社のひとつ。どこかに杖を返せるところはないかしらと探してみたが、そんなものはあるはずもなく、かといって神倉神社に戻る時間もない。しかたなく、杖を手にしたまま那智大社を目指すことにした。

杖を手にして街中を歩いていると、人の視線がちがう。きっとこの人は熊野古道をずっと歩いてきたんだ、という好奇心と少しばかりの尊敬の混じった視線。ちなみに熊野古道を歩いてる人たちの大半は、いわゆるウォーキングスタイルで決めてらっしゃいます。

この杖を相棒に、電車に乗りバスに乗り、那智大社の参道を歩きー実に役に立ったー結局、京都まで連れかえってきてしまったのです。神倉神社さん御免なさい。必ずお返しに参ります。

杖おもしろい。杖に関してはいずれこのブログに書こうと思っている。

2017年5月8日月曜日

熊野詣 1

熊野に行こうと思った
那智の滝は一度は見てみたい
1日1本、京都から紀伊勝浦、新宮に特急が走っている
これを使えば、午後の早い時間に紀伊勝浦に着く
でも地図でこの海沿いルートを眺めてもピンとこない
いや拒絶されてる感じさえある
まだ熊野に行くのは早いのかな〜と
諦め気分で床についた

朝4時に目が覚めた
そうだ最初に本宮大社に行けばいいんだ
紀伊半島のど真ん中を縦断するバス路線がある
本宮大社ー速玉大社ー那智大社とつないで行けば、熊野世界に入って行けそうな気がする

京都駅から近鉄電車で大和八木
電車に乗っている間にみつけた民宿に電話して宿を確保
日本一長い路線バスという新宮行きの特急バスに乗る
5時間バスに揺られて熊野本宮大社到着

























(路線バスも途中休憩を入れながら走る。十津川村にある谷津の吊り橋)

特筆すべきは大斎原ーおおゆのはらと読むもともとの神社があった川の中洲
こんなに気持ちよい場はない
もっと厳しい場所かと思っていたが
空気がこまやかでやわらかく、女性的といってもよい
神域なのに慈悲という仏教語が浮かんでくる
河原に出て土手を越えて戻る途中、大きな黒蛇と遭遇した
神様に会ってしまったような気分








そうそう、本宮大社でおみくじを引いたら「大吉」だった

2017年5月2日火曜日

俎板を削る

ネギを細かく切ろうとしたら切れない
俎板の中央が凹み、包丁の歯が届いていないのだ
この俎板、一体何年使ってんだろう?
20年ではきかない
俎板削りで探してみると、サンドペーパーらしきものを使うタイプがある
でもこれでは、表面の汚れを落とすくらいで、凹みには無力
カンナがけするしかない
木工に詳しい池田さんに相談するとー彼は自分で動法盤までつくる
カンナを持って訪ねてきてくれた
見本を見せてもらいー実際には半分くらいやってもらったー続きをやりはじめた
これは愉しい
筆動法の墨すりみたいなものだが、墨すりよりも愉しい
ただ、木屑の量に比べ、中央の汚れた領域、つまり窪んだ部分の面積はなかなか減らない
随分と深くえぐれていたのだな
作業が進み、凹凸が減って、真ん中の黒ずんだ部分が小さくなってくる
全部削って新品同様にしてしまう?
いや、真ん中少しだけ残して、歴史を留めることにする

2017年4月30日日曜日

稽古日程 5月〜6月

最新版はこちら
下記カレンダーはクリックすると拡大されます

【5月】



















【6月】


筆動法 17日 → 25日


2017年4月29日土曜日

4月の読書

米朝快談* 嶽本野ばら 新潮社 2013
ニッポンの風景をつくりなおせ* 梅原真 羽島書店 2010
天国の国境を越える* 李学俊 東洋経済新報社 2013
いるか句会へようこそ!* 堀本裕樹 駿河台出版社 2014
熊野古道* 写真・山本卓蔵 淡交社 2006
認知症をつくっているのは誰なのか* 村瀬孝生・東田勤 SB新書 2016
坊っちゃんの時代* 1,2,3 関川夏央・谷口ジロー 双葉文庫 2002
「思想の科学」私史* 鶴見俊輔 編集グループSURE 2015
日本人はどう死ぬべきか?* 養老孟司x隈研吾 日経BP社 2014

2017年4月27日木曜日

足袋

【業務連絡?】
足袋をまとめて岡山の業者に注文しようと思います。希望者は等持院稽古場までご連絡ください。ゴールデンウィーク明けに発注の予定です。

帰着

■一週間の遠征から帰ってきたら庭の緑の勢いがすごい。ドクダミが一気にひろがり、南天の葉が密度を増している。去年あまりに道路側に花が落ちるので過剰なまでに刈り込んでしまったムクゲの木も枝を伸ばしはじめている。■今回の遠征は、白山と上越で稽古会、東京で操法講座と濃密なものだったのだが、そのあと2日ほど下町とモダンが同居する清澄白河エリアで少しのんびりできた。二子玉川に降りたときは、アウェイ感いっぱい。ぼくの知るニコタマはどこに行ってしまったんだろう。操法講座。これまでやってきたことを全否定されて嬉々としている我々は相当に変な人の集まりだ。■孫の顔をみていると、なんか赤ちゃんのオヤジがいるようで不思議な気分。なんか似てるんだよね。■京都に戻ってきたのは火曜日の夜。あと5日もすると4月が終わってしまう。3月末のせうそこ3。その十日後に「片桐ユズルにきく」。その間に同窓会も二回。そして遠征。いろんなものが4月に集まってきてしまった。■せうそこ3の掘り起こしが早速上がってきたので朱を入れている。これまでのせうそこは「テーマ」について語られているのだけれど、このせうそこ3は、企画者に煽られ、ちょっとはずかしいくらいに「ボク」がさらけ出されている。ま、僕自身踊りたかったのだね。■「こども稽古会」をやることになった。最近、稽古に通いはじめたお母さんが言い出しっぺなのだが、話がトントンと進んで、6月開催が決まった。気楽に「やりましょう」と言ってはみたものの、いったいなにをやれば子供に通じるのか見当もつかない。弘田さんあたりに相談してみよう。■暖房器具の片付けは5月に入ってからだな。


2017年4月21日金曜日

i am not your enemy

アメリカ人の古い友人に連れられて、BBQパーティー
長く京都に暮らした知り合いの帰国お別れパーティーとのこと
大勢の外国人が集まってきている
そういえば、40年前、京都のこういうボヘミアン的空気感の中にいたのだった
でも、気軽に自己紹介して、会話の輪に加わるという文化には、最後まで馴染めなかった
長年の謎が解けた気がする
出会い頭の自己紹介は、"i am not your enemy"と自己申告することなのだ
異人種異文化の多様な人間が集まってくる土地が産み出し育んできたカタにちがない
このことに気づいていれば、もう少し、社交的に振る舞えるようになれたかもしれないな〜
あとの祭りであるが、もし習熟していたら、いまここに私はいない

2017年4月14日金曜日

おしよせる

70年代が押し寄せてきた
いや、それ以外のものも押し寄せてきている
せうそこ3が終わったと思ったら、
連句の順番が回ってきて、
延期されていた「片桐ユズルにきく」もやってきた
その翌々日には、ハワイからやって来た旧友を囲んで70年代の同窓会
40年ぶりに会う人もいる
その上、土曜日には80年代の同窓会
いったいなにが始まろうとしているのだ?

2017年4月10日月曜日

今後の稽古について

等持院稽古場が活動をはじめて一年半
5月以降、少し、稽古のやりかたを変えようと思っています
名称の変更もあれば、稽古内容の変更もあります

1 日程変更
これまで主に1の日、6の日中心で行っていた個人教授・個別稽古枠を
偶数日全般にひろげます
テーマ稽古もこの枠で行います

2 坐法臥法 → 動法基礎
いうまでもなく、動法基礎には坐法臥法も含まれます
脱力動法等もこの稽古の中で行うことにします

3 合掌行気以前・活元運動以前 → 合掌行気・愉気
従来より少しだけ、合掌行気本体に重心を移します
随伴行気等を加えることで、合掌行気をより深く行えるか実習していきます
愉気の実習も行っていこうと思います

4 連座 → 連座入門
連座の前提となる稽古も行っていきます

2017年4月2日日曜日

4月だ

4月だ
むこう半年が日本にとっての正念場になる
唐突だけど、そんな予感

さて、せうそこ第三回目終了
この企画が持ち上がったのが一年前の春
6月、11月とやって、三回目が3月31日
ひとつの会が終り、数カ月後に、それが印刷物になって再び姿を現し、
そして、また次の会がはじまる
ほんと「つづきもの」という感じで会が進んできた
企画者はえらい

ぼくに与えられたのは「みとり」というテーマ
最初のリアクションは狼狽といってもよいものだったが
このテーマと一年間付き合うことで、いろんなことを気づかさせられた
たとえば、
「出立記」って挽歌だったんだ、とか
それまで、ぼくは「なにかになろう」「なにかをなそう」としてたんだ、とか
句読点なし改行といったぼくのブログの文体は、どこかで「詩」を意識してたんだ、などなど
でも、3回目のせうそこ、これって印刷物にできるのかな〜
掘り起こしが上がってきたとき、自分がどんな反応を示すか、ちょっと予測不能だ

企画者は次なるシリーズを計画中らしい
でもね、秋までに何が起こるかわかんないですからね〜

2017年3月30日木曜日

3月の読書

追憶のほんやら洞* 甲斐扶佐義編 風媒社 2016
中動態の世界 國分功一郎 医学書院 2017
一投に賭ける* 上原善広 角川書店 2016
モンドくん* 奥村門土 PARCO出版 2014
カブールの園* 宮内悠介 文藝春秋 2017
へろへろ* 鹿子裕文 ナナロク社 2015
その後の不自由* 上岡陽江+大嶋栄子 医学書院 2010
京の大工棟梁と七人の職人衆* 笠井一子 草思社 1999

2017年3月20日月曜日

月末

月末がちかづいてきた
意識しているつもりはないが、せうそこ#3のことが気になるのか、
当時の記憶の断片が甦ってくる
聞き手が阪本さんになったのも不思議なご縁

3年前の12月
妻の四十九日を終え、そこから父の看取りモードに入っていった
整体操法講座の前日
目黒の額縁屋さんで開かれていたマメ画伯の個展に娘と連れ立ってでかけた
その帰り道、九州から上京してきていた阪本さんと遭遇
しばらく立ち話したあと、「じゃあまた明日」と言葉を交わし、
僕らは父の住む江戸川に向かったのだった

父はその日の未明息をひきとり、
当然のことだが、ぼくは操法講座を欠席することになった

迷う

高潮期は迷う
迷い迷って、左大文字山頂
標高230メートルなのに、ここに至る道はなかなか険しい
誰にも会わず、熊でも出てこないか不安になる
山頂からは京都の街が一望できる
左に比叡山
その右に大文字山
その手前に見える丘は船岡山
ずっと、右に視線を移すと、北野天満宮、平野神社の森
手前にあるのは送り火のための火床
等持院から1時間でたどり着く

2017年3月18日土曜日

高潮期

気がつくと高潮期
高潮を好調と勘違いしていた若い頃とは異なり
まったりのんびり過ごしていたいはずなのに、なにげに気ぜわしくなる
いやだいやだ

夜も眠れず
タバコの量ばかり増え
かといって、落ち着いて本が読めるわけではない
と、言いながら、「へろへろ」を読みはじめたら止まらなくなって、
結局、夜が白み始めるころ眠りにつく

結果は寝坊
10時半に布団から抜け出して、お天気がよいことを確認して洗濯機を回しはじめる
洗濯物を干したらもう昼近い
ボウルに、小麦粉、ベーキングパウダー、少々の砂糖、さらに卵、牛乳と水を加える
コーヒーを淹れつつ、パンケーキを焼く
1枚目ははちみつをかけ、2枚目はクリームチーズにブルーベリージャムを添える

前日は結局出かけることがなかったので、買物がてら散歩に出ることにする
白梅町まで出ると、三連休ということなのか人がけっこう出ている
一条通りまで下り、商店街を東へ
長五郎餅で桜餅とうぐいす餅を一個づつ買い、さらに、とようけ屋で木綿豆腐一丁と油揚一枚
コーナンに寄って、サンドペーパー購入
先日、ヨーコさんからいただいた二重局面硯の表面を少し研磨するつもり

そのまま北上
上七軒の通りを斜めに上がり、北野天満宮の脇を抜け、平野神社をかすめてコープへ
牛乳だけのつもりが、数日前、楽天堂で買った豆で久しぶりにチリコンをつくることを思いつき、
ひき肉とトマト缶を買い物カゴに入れると結構重くなってしまった

西大路に出てそのまま南下
再び平野神社の横を通り過ぎようとすると、「桜花祭」4月10日とある
等持院稽古場でやることになっている「片桐ユズルにきく」の当日ではないか
去年はちょうどその頃、東京に行ってたのではないかな
見た記憶がない
どうやら、行列も出るらしい

平野神社の交差点を渡り、そのまま西へ
馬代通も越えて、そのまま直進し、立命館の東門からキャンパスに足を踏み入れる
これが近道なのだが、普段は学生であふれかえっているから、めったに通ることはない
南門に抜け、そのまま歩くと等持院の山門の脇に出る

なんだか、散歩案内になってしまった
ね、高潮期でしょ
あ、お彼岸用の花買うの忘れてた

2017年3月17日金曜日

稽古着生活

ここ1月半、ほぼ100パーセント稽古着生活
すると、意外なことに稽古着の数が十分でないことに気づいた

普段着用の稽古着の数は足りている
つまり、着古された稽古着はたくさんある
ところが、外着としての稽古着、稽古用の稽古着が足りてない
最近は冠婚葬祭も稽古着で出かけているのだが、袴の膝が擦り切れたものはダメだから、
外着用の袴は最低ひとつ必要
つまり、あと一、二本袴を誂えないとだめということだな

防寒着も課題
ウールの着物用コートはあるのだが、着ぶくれた感じになってしまう
春のこの時期には野暮すぎる
かといって、羽織だけでは寒い時もある
ポンチョみたいな上からかぶるだけのものがあればよいのにと思う
どなたかアドバイスをいただければありがたい

シャツを頭から「かぶる」という動きがいやになった
腕を袖に通す時もそうだが、あの摩擦感がいやになった
ふんどしにスイッチを押されたかたちだが、この変化に自分で驚いている
ゴム紐の害について甲野さんが説いているという話を最近聞いたのだが、非常に納得
父の介護をしているとき、年寄りほど和服を着ればよいのにと思ったことがある
シャツの代わりに襦袢を、パンツでなく褌にすれば、介護する側も本人たちも楽だろう

向こう一年かけて、必要な衣類とそうでないものを分別していこうと思う
ひょっとすると一年後、衣類の量は半減しているかもしれない

2017年3月15日水曜日

前にすすむ

一昨年の春から秋にかけて書いていた、「前にすすむ」シリーズを読める状態に復活させました

片桐ユズルにきくat 等持院

4月の「片桐ユズルにきく」を等持院稽古場で開催することになりましたのでご案内します
 日時  4月10日(月) 14時30分〜16時30分くらい
 会費 2000円
・14時に嵐電北野白梅町で集合し、等持院稽古場に移動します
 直接いらっしゃる方は、地図を参考にしてください
・はじめての方も参加できます(予約はこちらから)

2017年3月13日月曜日

石川遠征

月例の石川遠征
予約してあったサンダーバードをキャンセルして青春18きっぷ購入
円町より山陰線で京都駅
敦賀福井経由で松任着16時すぎ
サンダーバードは2時間で京都ー石川を結んでくれるので便利だが、
在来線の速度の方が体にはしっくりくる

ホテルにチェックイン
テレビを点けてみると森友学園園長会見などを流している
食事に出かけるのが遅くなり、7時を過ぎてから電車で金沢駅まで移動
稽古前日はフォーラスで映画を観るという習慣も最近は薄れがち
駅ナカのスーパーでタコ飯などを買い、これを持ち帰って夕食にするつもりでいたが、
結局、8番ラーメンに入る
石川のソウルフードと呼ばれていることは知っているが、ちょっと淋しい夕食

今回の稽古は土日2日間
初日は「支点を外す」をテーマに稽古
二日目は「合掌行気&愉気」
男性陣にふんどしの効用を説いている自分が可笑しい
出入りはあるが、この会は十名ほどのメンバーが入れ替わり立ち替わり参加してくれている
前に進んでいる感には欠けるが、積み重なってきてる感じはある

松任は金沢から西に三つ目の駅
北陸新幹線の開通以来、金沢駅周辺の宿が取りづらくなったこともあり、
この駅近くのビジネスホテルが定宿になりつつある
会場まで徒歩3分だから便利なのだけれど、夜は閑散としている
居酒屋での食事はちょっと気がひけるので金沢駅まで出かけることが多い
金沢に出かけなければ、もうコンビニ恃み

稽古会が終わって、帰りは福井で途中下車というか電車待ち
新幹線開通に備え、新しい駅ビルができてから随分モダンになった
どこにでもある駅になったという意味でもある
ベンチの一角を恐竜くんが占めているのが福井らしい
蕎麦屋でおろしそばとソースカツ丼
ちょっと不思議な組み合わせだが、定番メニューらしい

帰りは米原回りで京都到着
京都の方が暖かくホッとする
青春18きっぷ、あと3回分残っているけど、でかける時間はあるだろうか?

2017年3月5日日曜日

せかいにふれる

昨年4月の回り稽古で話した内容が掘り起こしされて戻ってきた
近々『回廊』という冊子にまとめられるはずである

私の話の中で、キーワードとして「世界にふれる」という言葉が出てくるのだが、
これはアリ先生の「連座をやっていると、世界へのふれかたが変わる」という言葉を借用したもの
ひとにふれる、ものにふれる、というところまでは出てきても、
なかなか「せかいにふれる」という言葉は出てこない
ぼくらが稽古のなかでやろうとしていることを美しく表現している言葉だとおもう

「整体三代」というのが、もうひとつのキーワード
先月末に「せうそこ2」に載せる文章を書いたのだが、やはり、この言葉を使っていた
つまり、一年通して同じことを言っている
「せうそこ2」の冊子版は、今月末にはできあがってくる予定
前回と同じく、限定200部だそうです

せうそこ3

月末31日、第3回目のせうそこやります
とうとう、話し手として登場することに...

2017年2月27日月曜日

2月の読書

月と太陽の盤* 宮内悠介 光文社 2016
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」* 渡邉格 講談社 2013
素顔の「竹喬」さん* 小野常正 山陽新聞社 2001
ふるさとの色* 小野竹喬 1996 
漂流* 角幡唯介 新潮社 2016
京の職人が語る桂離宮* 笠井一子 草思社 2001
一汁一菜でよいという提案 土井善晴 グラフィック社 2016
四畳半神話大系* 森見登美彦 角川文庫 2005
聖地巡礼 Returns* 内田樹x釈徹宗 東京書籍 2016
義太夫を読もう* 橋本治 新潮社 2012

2017年2月24日金曜日

八人の侍

あれは琴平で講習会があった時だから、80年代の初めだったと思う
(月刊全生で調べてみたら1984年、会場は琴平グランドホテル)
講習会の会場は大きなホテルの宴会場で、講習生の多くは、そのホテルに泊まり、
部屋と会場の間をいったりきたりしていた

会場に行こうとしていたのか、
それとも部屋に戻ろうとしていたのか、
一階ロビーからエレベーターに乗ろうとその前で待っていたら、
エレベーターが降りてきて、扉が開いた
すると、そこに講師陣の面々が姿を現した
ダン先生、ロイ先生、吉田先生、柳田先生、堅田先生、福鬼先生、京鬼先生、田総先生
いきなり、八人の先生たちと対面するかたちになってしまった

これは野武士の集団か?
その迫力に気圧されてしまった
驚くべきは、諸先生方、まだ30代〜50代
長老格の柳田先生吉田先生でも50代前半ではなかったか
ダン先生、ロイ先生に至っては30代
勉強しはじめのペーペーの頃とはいえ、強く印象に残っている光景である

講習会からの帰路は、神戸の足立さんの車に便乗させてもらった
久楽先生も一緒だったようで、写真が残っている
車中、「整体協会で仕事ないかな〜」と冗談混じりで言ったことは覚えている
それが二年しないうちに実現してしまうことになるとは、その時は知る由もない

ふんどし

手持ちの洋服と稽古着を含む和服の量をくらべると半々
モノの質でいえば、圧倒的に和服の方が勝る
洋服といったら、ユニクロ、無印くらいのものしか着ていない
それでも、外では洋服、家では和服というように切り替えていたのは、
外では、目立たない中年、いや老人を装っていたいから

ところが
ふんどしをつかいはじめたら
洋服を着ることに急に違和感を感じるようになった
結果、稽古着ですごす時間が増え、夜も浴衣で寝るようになった
なにこの変化?
これまで、どのように稽古着生活に移行すればよいのだろうと思案していたのに
あっさりと、その逡巡が振り切られてしまった
おそるべしふんどし

2017年2月18日土曜日

梅見

春から思い浮かべる漢字を探していくと、
「光」「満」「期」「玉」といった字が現れてきた
「満期」という熟語には笑ってしまったが、春が来たことをよろこんでいる自分を発見
嬉しいときは、素直に喜べばよろしい
蕪村の「梅咲て帯買ふ室の遊女かな」の句を書く
翌日、北野天満宮の梅を見に行くことにして、筆動法の稽古を終えた



2017年2月12日日曜日

澁谷和子展

案内をいただいていた「澁谷和子展 PART-1 デビューから1999年までの作品群」に行ってきた。84歳にしてバリバリの現役で仕事されている澁谷先生。その澁谷先生の前期の仕事を見る機会はこれまでなかったのだが、いや初期作品の瑞々しさといったら...。残すところあと1週間です。Part2は来年開催とのこと。



http://someseiryu.net/topic_page.html

春が来た

禁糖がはじめられると思ったら、急に身内のお葬式が入り、月はじめ三日ほど上京して来た。通夜葬式に一通り付き合うということは、そこで出てくる料理に手を付けるということで、禁糖どころではない。結局、正式な禁糖を始めたのは帰って来てからなのだが、プレ禁糖をやっていたにも関わらず、それなりの飢餓感が襲ってくる。映画『沈黙』を観に二条駅まで行き、そのまえに一階にある本屋を冷やかしていると、平積みされていた『一汁一菜でよいという提案』という本に呼ばれたような気がした。手に取ってみると、装丁といい写真といい、なんだか読みたくなってレジに直行。ご飯と具だくさんの味噌汁を基本とすることをカタとすることが書かれている。食に対する真摯な感じが伝わってくる素敵な本だった。禁糖期間中ならではの出会い。今回の禁糖のヒットは焼き芋。アルミホイルにさつまいもをくるみ、それを火鉢の灰の中に埋めておく。一時間もしないうちによい香りが漂ってくる。これは美味い。その香りが部屋からなかなか抜けてくれず、稽古会の前には食べられないところが難点である。週末は白山稽古会。今回は一泊二日なので、持参のおにぎりと簡易味噌汁で乗り切った。石川に出かけた時は一ヶ月の中でも集中的に外食する期間なのだが、雪模様だったこともあり、外出もせずホテルの部屋でひたすら橋本治の『浄瑠璃を読もう』を読んでいた。禁糖、尾骨焼塩など、春の風物詩みたいなものである。旬の時期に旬のことをやっておくと季節の変化に上手に対応できる。われわれ夏冬30度の温度差の中を生きているわけで、それだけでも人間の適応力というのはたいしたものだと思う。ただ、尾骨焼塩にしろ足湯(そくとう)にしろ、僕の中では、身近な人間同士でやりあうものとしてあり、自分一人でやってる風景というのは空想しづらい。子育てをしている中で、足湯など頻繁に活用してきたけれど、最近は、足湯の潜在意識教育的な側面が薄れてきた印象があって、それはちょっと残念。ともあれ、今年いちばんの寒波到来とはいえ、もう春ですね。

2017年2月6日月曜日

テーマ別稽古

テーマ別稽古を受け付けます
・【テーマ例】坐法、臥法、しずみ、脱力動法、行気法、随伴行気、合掌行気、観点、等々   公開講話復習、稽古会復習も可
・個人教授の時間枠で、テーマと時間を指定してお申し込みください
・会費は2000円(1時間)、3000円(2時間)とします
・二人組みも可

2017年2月4日土曜日

禁糖2017

禁糖をやるとなると2週間ほぼ外食ができないので、自分の日程と照らし合わせて、禁糖計画を立てることになる。でもそれでは、本当はどのタイミングではじめればよいのかが怪しくなる。今回は、その始まりを確かめるべく、「プレ禁糖」と称して、1月の下旬から、お菓子、コーヒー断ちをはじめてみた。外食は許容。プレ禁糖とはいえ、おそらく量的に言えば、限りなく禁糖に近いもので、実際にすこぶる体調もよい。なのに、腹部をみると、中指から薬指に動いていく。薬指に移り切った時が、本当の開始時期になるのだろう。プレ禁糖1週間目で薬指に移った。つまり禁糖開始。残念なことに、突発的な行事が飛び込んできて、そのタイミングで禁糖に入ることはできず、かろうじてプレ禁糖を継続中。禁糖は明日の日曜日からはじめることにします。ど真ん中に白山稽古会が入っているのですが、おにぎりとフランスパンで乗り越えれれるでしょう。この時期、尾骨焼塩もやっておきたいところだが、稽古に組み込むわけにもいかないし、さてどうしよう。

2017年1月31日火曜日

2月の稽古

*2月3日(金)の稽古はお休みになります
*夜(18時〜20時)の個人教授枠を新設します

2017年1月30日月曜日

1月の読書

精霊たちの家* イザベル・アジェンデ 河出書房新社 2009
聖地巡礼rising* 内田樹x釈徹宗 東京書籍 2015
寄生獣* 7.8 岩明均 講談社文庫 2015
国宝消滅* デービッド・アトキンソン 東洋経済新報社 2016
この経済政策が民主主義を救う* 松尾匡 大月書店 2016

2017年1月28日土曜日

月末

なんと旧暦新年。そして、稽古会の初日。あっという間の月末です。1月は寒さに震えて等持院で過ごしていました。

年明け早々にあった回り稽古には、9名の参加者があり、それにスタッフの方たち3名を加え、私も入れれば総勢13名が、この狭い稽古場に集まりました。なるべく地味な稽古をやろう、と思っていたのですが、目論見どおりの地味な稽古で終始。

中旬の白山稽古会は、寒波がやってくるとのことだったので、覚悟して出向いたのですが、雪はそれほどでもなく、むしろ、帰ってきた京都の方が積雪は多く、15センチも積もっていたでしょうか。京都もふた冬めになると、寒さに対する感受性もだいぶ変わってきたようで、朝起きて、一番寒い台所の気温計が3度を示していても、驚かなくなりました。年明けてから、湯たんぽを使いはじめたのですが、一度使いはじめてしまうと、もう手放せません。

禁糖も間近ですね。5日ほど前から、プレ禁糖と称して、コーヒーとお菓子を断っているのですが、すこぶる快調。ほぼ、88%くらい禁糖している感じ。それでも、まだ、腹部第二のなじみ具合は、中指薬指五分五分といったところで、まだ、はじまりではない様子。

稽古会の方はぼちぼち。体の方はもう春満開って感じなので、ひさしぶりに一息脱力をやってみたり、そうだ、竹ひごを使おうと、東急ハンズに走ったり、少しづつ、エンジンがかかってきています。2月からは、夜枠の個人教授も始めようと思っています。

2017年1月18日水曜日

2017年1月8日日曜日

公私混同

稽古場をつくるときは、公私の別をつけるのが原則。自宅と離れた独立した稽古場が理想で、自宅に稽古場を設けるときは、一階と二階で機能を分けるといった工夫をして、住の部分と稽古の空間に分別をつけるのが望ましい。

ただ、この等持院稽古場は平屋なので、空間で分けることはむずかしい。職住近接どころか職住一体、公私混同の極みである。唯一、「私」の空間は書斎ということになるが、トイレに向かえば、書斎の前を通るし、その散らかり具合も目にすることになる。ドアを閉めておくことで「私」を保つやり方は採らない。そもそも、男子の更衣室となることもある。やり方とすれば、私自身が稽古場化する、あるいは備品化するしかない。透明人間化するといってもよい。

それにしても、ブログタイトル通りの稽古場になるとは、ブログをはじめた2004年には予想もしなかった。当時は、仕事がどんどん私生活を蚕食していくような公私混同だったが、ここでは公私の別さえも消えている。

2017年1月3日火曜日

今年の稽古

あけましておめでとうございます。
1月~3月分の日程表出しました()。
特に変わった点はありませんが、「カタと同調」を分割し、「合掌行気以前」「活元運動以前」の枠を設け、連座とともに「5」に日に入れることにしました。百通りの合掌行気があり、百通りの準備運動があるといったことを追求する稽古になります。稽古場も30年続いていると、稽古場で入会した人には活元運動を知らない世代が多くなってしまい、「活元運動以前」の稽古は成り立つのか?という疑問はありますが、動法的、内観的に活元運動の準備運動を捉え直していくという作業はあってもよいと思います。稽古の途中で脱線していくことは必至の稽古ともいえますが、多方向から攻めていくのが稽古のスタイルですから、けっこう面白い展開になるかもしれません。「合掌行気以前」は「愉気以前」でもあるわけで、人に触れられるためのカタがどのように「生成」されていくかを稽古できればよいなと思っています。

新年点描

 橋本治の「義太夫を聴こう」とブレイディみかこの「ヨーロッパ・コーリング」を交互に読んでいるうちに大晦日が暮れていった。遠くからゴーンという鐘の音が聴こえてくる。いや遠くない。炬燵から出る気にはならず、今年はこのまま年越しかな~、などと思っていたが、体は勝手に動きだし、稽古袴の上にオーバーパンツをはき、羽織の上に着物用のコートを着て、頭にはウールの帽子、手袋もはめ、足元はブーツという完璧ないでたちで等持院を目指していた。87番と書かれた紙切れをもらい行列に加わる。空を見上げると星が綺麗。オリオン座がよく見える。鐘をつかせていただき、そのまま六請神社に流れ、お神酒をいただいて家に戻れば、もう1時近い。読書に戻る。

 布団に入ったのが3時なのに9時前には目が覚めてしまう。しきりに裕之先生に尻を叩かれてる夢をみた。はいっ。布団から抜け出し、いつものように、火起こしに炭を入れ、ガス台に載せて炭をおこし火鉢に移す。長着に着替え帯を締める。前の日の夜から鍋に入れておいた昆布を取り出し、スルメは入れたままで沸騰させる。鶏肉も入れ、さらに調味料を加える。これで雑煮用の出汁の完成。生協で買っておいたひとり用のおせちを漆の皿に移し、それに自作の黒豆を添え、それらしく見せる。買っておいた小ぶりの丸もちを茹でる。せめてお屠蘇くらいいただこうと、引越し前に赤尾さんにもらった黄色の可愛いお猪口を取り出してくる。随分手抜きだけれど、とりあえず正月気分。あけましておめでとうございます。

 郵便受けをみると年賀状が届いている。いやー、ご無沙汰してる方たちに返事出さなきゃ、と書きはじめたのがこの文章。本年もどうぞよろしくお願いいたします。