2016年9月28日水曜日

9月の読書

パール判事* 中島岳志 白水ブックス 2012
うつくしい列島* 池澤夏樹 河出書房新社 2015
新しい風土記へ* 鶴見俊輔座談 朝日新書 2010
オリジンから考える* 鶴見俊輔・小田実 岩波書店 2011
身体感覚で「芭蕉」を読みなおす。* 安田登 春秋社 2012
飛魂* 多和田葉子 講談社 1998
アメリカ* 多和田葉子 青土社2006
ソーシャルファイナンス革命 慎泰俊 技術評論社 2012
言文一致体の誕生* 橋本治 朝日出版社 2010

2016年9月27日火曜日

秋のたより

引っ越し一周年!
それにしても、今月はしんどかった〜

2016年9月24日土曜日

老鶴萬里心

額装されている書を取り出し掛けてみた
父の部屋に掛かっていたもの

老鶴萬里心
調べてみたら杜甫の漢詩で、この前に、
「蟄龍三冬臥」という句が先んじて置かれる

蟄龍三冬臥 老鶴萬里心

気分とすれば前段ですね


2016年9月17日土曜日

満月

民泊

訪ねてきてくれた人の多くが、
「ここ民泊にするとはやりますよ」と仰る
たしかに、ロケーションといい、建物といい、民泊向きではある

すでに宿泊所にはなりつつある
今年のはじめからどれくらいの人が泊まりにきたか数えてみた
15人、宿泊数にすれば19泊
平均すると、毎月2人、3泊弱といったところ
さすがに熱帯夜の続く8月はゼロ

人が来てくれることは嬉しい
一人暮らしだと、人と喋る機会は少ない
泊まりがけで来た人と話していると、オレってこんなにおしゃべりだったっけ
と思うくらい話す
もちろん、相手によるけれど

月末の稽古会や修養講座の宿泊所として使ってもらうのも結構
ただ、研修会館との往復になるから京都情緒は味わえない
稽古とは別立てで来ていただいたほうが愉しめる
毎月25日には天満宮(徒歩10分)に市が立つし、神社お寺の行事も多い
そいういえば、空間現代のライブハウスもオープンする

もうすぐ引っ越して一年だ

2016年9月13日火曜日

崇徳院

薪能が行われるというので主催者に問い合わせたら、上京区役所か会場となる白峯神社で前売券が買えるとのこと。郵便局や図書館に行く予定もあったので、郵便局、中央図書館、白峯神宮という順路で回ることにして自転車で出発。

地図で見ると白峯神宮は堀川今出川交差点の東に位置している。洛外居住者の私にとって、この堀川通りは難所なのです。堀川通りは、京都市内を南北に貫く他の通りより幅の広い交通量の多い道路に過ぎないのだが、自転車で市内を移動していると、この堀川、よほど気合を入れないと越えられない。洛中洛外の境界線は時代とともに外に広がっていったと思われるが、どの時代か、ここを流れる堀川が洛中洛外を隔てる強力な境であったとしか思えない。

千本丸太町の定食屋でランチを食べ、白峯神宮へ向かうことにする。基本、北へ東へ動いていけばよいので、車の少なそうな道をのんびり走らせる。途中、拾得の看板をみつける。まだあるんだ〜。さらに北に向かうと白山湯という銭湯。そういえば、銭湯経営者には石川出身者が多いという話を思い出し、スナップを撮る。



白峯神宮で祀られているのは崇徳院。いま読んでいる二冊の本の中に出てくるのだ、崇徳天皇が。橋本治の『言文一致体の誕生』の第二章には天台宗の僧、慈円はなぜ「愚管抄」を漢字かな交じりの文体で書かねばならなかったかという解釈が、だらだらと、もとへ、橋本文体で綴られている。歴史的背景となるのが保元の乱で、その当事者かつ敗者が崇徳院。もう一冊の『身体感覚で「芭蕉」を読みなおす。』(安田登)も面白い。おくのほそ道を夢幻能に喩えてーそういう見立てだったとしか思えないですねー解説していく。無論、芭蕉が追いかけたのは西行で、その西行の仕事の最たるものは保元の乱によって讃岐に流され怨霊となった崇徳院の鎮魂だったという。社務所で前売券を買い、本殿にお参りする。蹴鞠で有名な神社でした。

2016年9月10日土曜日

車窓

金沢行サンダーバード
いつものように進行方向右側の座席
午後の日差しを避けるための選択だが、結果として、ずっと琵琶湖を眺めていることになる
北陸に入ると、こんどは白山が姿を現わす
京都から金沢まで200キロを2時間
同じ2時間でも京都ー東京を新幹線で移動しても、この旅気分は生まれない

これまでいったいどれだけの時間、車窓から外を眺めてきたのだろう
人生の0.5パーセントくらい、こうして、窓の外を流れていく風景を眺めてきたのではないか
自分で運転するわけではなく、いつも何かに運ばれている、
平均時速50キロくらいで
この運ばれていく感じと共にずーっと過ごしてきた

(この写真は先月のもの)

2016年9月8日木曜日

繕う

ひとり暮らしを実感するのは繕いものをしているとき
家事全般一通りこなせるつもりでいても、針仕事はダメだ〜
かといって、稽古着を着ていると、繕いものは必ず出てくる
長着の背中は割れる、袖は破ける、襦袢の半襟は取り替えなきゃならない
先送り先送りしていても、いつかはやらなきゃしょうがない
東京にはこころ強い助っ人がいたのになどとブツブツ言いながら、針箱を取り出す
昔はカミさんのために針に糸を通してあげていたが、最近、これも難しくなってきたぞ
布相手に奮闘がはじまる
で、出来上がり具合はというと、これがまた下手くそなんだ
どっかの運針稽古にでも行ってこようかしらね