2016年2月29日月曜日

禁糖終了

ちょうど二週間で禁糖終了
自炊力はだいぶ上がった
でもクックパッドにもだいぶお世話になった



























































ご飯茶碗の端にごはん粒がついているのはご愛嬌ということで...
【禁糖10日目】ご飯 味噌汁(キャベツ、油揚) シシャモ  納豆+貝割れ 豆キーマカレー+生麩
【禁糖12日目】菜の花と鶏肉のパスタ フランスパン
【禁糖14日目】ご飯 味噌汁(大根・油揚げ・水菜) 生姜焼き(豚肉・玉ねぎ・ピーマン) 生麩

2016年2月28日日曜日

2月の読書

盤上の夜 宮内悠介 東京創元社 2012
くらしのやきもの事典 MCプレス 2006
仏教シネマ* 釈徹宗・秋田光彦 サンガ 2011
茶室学* 藤森照信 六曜社 2012
ニッポン沈没* 斎藤美奈子 筑摩書房 2015
小林一茶 句による評伝* 金子兜太 岩波書店 2014
慨世の遠吠え* 内田樹・鈴木邦男 鹿砦社 2015
千日紅の恋人* 箒木蓬生 新潮文庫 2005
 恥ずかしながら、筆者の名前を「ほうき」さんだとばかり長年思っていた。また、ベトナム行きたくなったな。

2016年2月26日金曜日

お花

花をいただいた
が、花の活け方がよくわからない
というか、活けたことがない
うーん、これは課題だな〜

























翌日同じものを床に置いたら、えらく映える



2016年2月25日木曜日

稽古日程3月

3月から公開講話はじめます

2016年2月24日水曜日

禁糖11日目

淡々と禁糖つづけて、すでに十日が過ぎた
コーヒー欲しくなるかと思ったが、意外に平気
終盤にきて、量に対する感覚が敏感になってきているようで、
ちょっとでも食べすぎると眠くなる

今回たどりついたのが日本食
お米炊いて、味噌汁作って、納豆・豆腐とメザシ食ってれば、それが禁糖食になる
なんだ、昔の日本人が食べてたものを作ればいいんだ
今頃こんなことに気づくなんて...
自分で呆れている

由来

なんだか「ほぼ日」状態のこのブログ
どう考えても過剰ですね
エネルギー余ってきていることは明白で、
禁糖ともに頭の中の大掃除をしている感じもある
来月からはじめる公開講話も、この過剰なエネルギーの納めどころを探してのこと
喋れば少しは落ち着くだろうか

さて、こブログのタイトルにもなっているsunajii、もう十年以上使っている
もともとが、榎田一家と一緒に富士山麓の温泉に遊びにいったときの出来事がきっかけ
風呂から上がり、売店でKちゃんとと二人で遊んでいたら、
温泉客のおばちゃんのひとりに「おじいちゃんと一緒でいいわね〜」と声をかけられた
当時、私、おそらく50歳前
榎田家だって、まだKちゃんしかいなかった頃の話だ
そのとき、「おじいちゃん」に間違えられて、困惑したのもたしかなのだが、
同時に、えらく、嬉しかったのですね、なぜか
以来、sunajiiを自称しはじめた

ジジイ歴すでに十数年
そんな私が、ほんとうのジイさんになりそうだ

2016年2月23日火曜日

整体三代

身の丈に見合ったことしかできない
というのが育児であって、
いくら「整体的育児」を目指したところで、
親の力量以上のことは逆立ちしてもできないことは、
我が身を振り返れば明々白々である

すくすく育ったように見えるけれど、
親からすると、子育ては絶望と失望の連続で、
力量のなさをイデオロギーで補おうとした部分は、
期待への裏切りというかたちで見事にはね返ってくる
自分の力量不足、身についてなさ加減を自覚するころには子育ては終わっている
まあ、そんなものです

それでも、二代目には一代目より体力が備わっているようで、
ことに「根拠なき自信」の持ちようというのは、とてもかなわない
それを出発点にしていくことで、三代目には、また新しいものが育っていくのだろう
整体三代とは、30年前、裕之先生が育児講座の中で話されたことだが、
まったくその通りである

2016年2月22日月曜日

公開講話はじめます

公開講話はじめます
初回は、3月20日(日)13時〜15時で会費は千円とします
定員は設けませんが、予約が必要です
整体協会の会員でない方も参加できます
ただし、未会員の参加は2回までとします
稽古会に参加される場合、入会の手続きが必要となります
3月以降、4月、8月、12月を除く毎月20日の開催を予定しています

2016年2月21日日曜日

イスタンブール

舞台はイスタンブール、旅行者がたむろするドミトリーの一室
二段ベッドが四つ、テーブルを囲むように配置されている

「冒険王」、「新・冒険王」を見てきた
2作品同時に見たのは正解だった
冒険王の時代設定は1980年、新・冒険王は2002年
それぞれの時代を反映するモノが小道具として配置されている
1980年は、ウォークマンであり平凡パンチ
2002年になると地球の歩き方や六カ国会話本が現れる
2002年の方が、ベッドに掛かっているモノの量が圧倒的に多い

私のイスタンブール経験は1974年にさかのぼる
9月17日にパリ方面から列車で到着、22日、アンカラに向けてバスで出発している
宿泊したのは、冒険王の舞台となったようなドミトリー
旅行者の交差点であり情報の交差点である
舞台で交わされる会話は、まさに長い間日本を離れさすらっている旅行者たちのもの

新・冒険王は日韓共作の作品で、日本語・韓国語・英語が飛び交う
このマルチリンガルな会話も、「あるある」感満載で懐かしい

数年来の宿題をやり終えた感じ




2016年2月20日土曜日

火吹竹

ひと冬を火鉢と過ごしてきた
このところ春めいてきたので、毎日炭を熾すことはやってないが、
まだ出番はありそうだ

炭を火起こし器に入れ、ガス台に載せて炭をおこしていく
お尻が赤くなってきた炭を火箸を使って火鉢に移し、灰のくぼみに炭を置いていく

たいがいの場合、それで炭は燃えてくれる
ただ、炭の置き方によっては、勢いが出ないこともある
そのときは、火吹き竹の出番

勢いがよすぎると、灰が飛ぶ
かといって、弱すぎると助けにならない
なかなか微妙な息加減が求められる

炭というのは、単独では勢いが出ない
片方の火が、相方の炭に照り、
その相方の火の照り返しが自分の方に戻ってきはじめると勢いが出てくる
双方の炭の間でやりとりが生まれてくれば大丈夫
そのやりとりを促すために息を送っていく

炭に向かって吹いてもだめで、炭と炭の間めがけて吹いていく
科学的に簡単に説明できてしまうことに違いないが、やってみると面白い
炭と炭がくっつきすぎてもだめだし、離れすぎてもだめ
炭の並べ方にもコツがいる

火を扱うときには、さすが誰しも慎重になる
この緊張感が魅力でもある


2016年2月19日金曜日

fudedoho

等持院でも筆動法始まったので、fudedohoのページの更新も再開します

2016年2月18日木曜日

障子を外す

和室と広縁の間の障子を外してみた
4月の「回り稽古」目がけてのシュミレーションである
和室6畳に広縁4畳の10畳
京間だから、関東の感覚でいえば12畳くらいの感じ
コタツを外し、テーブルをどけ、本棚を移動させれば、12+α名を収容できそうだ
それでも一人一畳に足らない
このスペースでどんな稽古が可能か?
2人組で6組、3人組で4組
全体テーマは「足捌き 」で、これに「スキマ感覚」を加味していくことになる
おまけに初回担当だ

居住スペースでもあるのだが、俗な感じはしない
ここを稽古の場としてもっと活用していってもよさそうだ
筆動法でも5人は稽古できるし、公開講話だってできそうだ

公開講話?
うーん、月に一度くらい、お話中心の会があってもいいのかもね
要検討

2016年2月17日水曜日

亭主

これまで迎えるよりは、
迎えられる役のほうが多かった
お茶でいえば客
そんな私が迎える側に回った
つまり亭主

しかも、稽古場兼自宅という場所が舞台
四畳半の稽古場が独立してあるわけではなく
構造上、書斎以外のスペースを客は動きまわることになる
いや、男子に着替えの場として提供することもあるから、全館稽古場状態
稽古と生活が混ざりあう、このブログタイトル通りの「公私混同」

「公」のスキマに「私」が収まっている

2016年2月16日火曜日

禁糖開始

白山稽古会から戻ってきて禁糖開始
今日で三日目になる
もう十年以上やっているから、すでに春の風物誌
ムスリムにとってのラマダンのようなものか
ややお祭り的
いつもより料理に気合が入るし、
普段よりよい食材を買ってしまい、食費は跳ね上がる

一日目は楽天堂で仕入れてきたお豆を使ったチリコンカルネを作ってみる
これをつくるのは30年ぶりくらいではないかな
豆料理というのは奥が深そうだ





















二日目はステーキ
普段は薄切り肉しか食べないし、ましてや牛肉などめったに食べないのに...






















おやつ用に、小ぶりのさつまいもを買ってきたり
妙にテンションが上がっている
これはアルミホイルで包んで火鉢にのせて焼芋にする

三日目は、ご飯と味噌汁の残り、鰹のたたき
それに、油揚をオーブントースターで焼いたものに納豆
純和食ですね





















この期間を通して、自炊力をつけようと思っている
食べ過ぎにご用心

2016年2月14日日曜日

レイアウト変更

「稽古会情報」を右欄最上段に移動しました

2016年2月12日金曜日

仏壇

 不信心の代表みたいな人間だった私が、毎日仏壇に手を合わせる習慣を身につけてしまうとは驚きだ。水の上げ下げもするし、線香立ての掃除もするし、仏花も買ってくる。自分が信心深いとは今でも思わないが、それでも亡くなった者たちと一緒に生きているという感覚はある。いや、仏壇という装置によって、その感覚が保たれているというべきか。

 それにしても仏壇というのは不思議な箱である。もう十年以上前のことになるが、父が岡山から東京に引っ越したとき、仏壇は一ヶ月遅れて東京に運ばれることになった。新しい環境に慣れるのに苦労し、感情的にも不安定な状態が続いていた父だったが、仏壇が到着するや、その不安定さがぴたりと収まった。やはり、人は、依代として、「もの」を必要としているということなのか。

 父のところにあった仏壇は立派なものだったが、横浜の家に置くにはでかすぎて、当初、小さなものに買い換えるつもりでいた。それを娘の引き取りたいという一言で、そのまま横浜に運ぶことになり、結局、私と一緒に京都に引っ越してきた。この家の一等地に「居場所を見つけた」と言わんばかりに鎮座している。

 こんなことに思いがいくのは、半日、父母の写真の整理をしていたのと、『仏教シネマ』(釈徹宗・秋田光彦 サンガ 2011)というお坊さん二人の対談集を読んだからですね。

CD

震災のあと、ずいぶん長い間音楽を聴く気になれなかった
数年経って、ようやく真空管アンプにつないだipodでネットラジオを聴きはじめた
余っているDVDプレイヤーでCDもかけられることに気づいた
DVDプレイヤーのオーディオ出力をアンプの余っている入力端子につないだ
CDの詰まっている段ボール箱をごそごそかき回し、
昔聴いたCDをみつけ、ケースを開けてCD盤を取り出す
それを、DVDプレイヤーのトレイに移し、再生ボタンを押す
iPodの中に収まっている音源を再生するのに比べ、ひと手間かかるが、このひと手間がよい
今、聴いているのは高橋竹山


中心

 昼下り、日当たりのよい広縁で確定申告の書類に向かっていた。なんか、ごそごそ音がするなぁと廊下に目をやると、なんと人が立っている。先週、玄関先に松井一家三人が立っていたのにも驚いたが、今日(11日)の升田裕昭さんの登場にも驚かされた。日帰りで「志村ふくみ展」を見に来たついでに立ち寄りましたとのこと。これで、年が明けてから、東京方面からだけでも、田中敏行さん、辻安弘さん、原口真さん、松井さん一家と四組の来客があったことになる。これに加え、佐渡の平田弘之さん、大分から井上弘さんもやってきたから、ほぼ毎週、だれか遊びに来てくれている勘定になる。どうやら、ここが世界の中心になりつつあるらしい。本人の了解を得て記念写真をupー解像度は少し落としてあります。

2016年2月8日月曜日

大分からイノウエさんがやってきたので、
案内がてら北野天満宮まで散歩
梅が一段と華やいできている


散歩から帰ってきたら、
キダさんから「ブタの心臓食べに来ませんか?」との電話
ありがたくお誘いに乗ることにする
なんでも、小豆島で丁寧に育てられた豚のものだとのこと
先月、客として来たときには、イノシシ肉が出てきたし、この「ロカンダきだや」には、
様々なルートで、様々な食材が集まってくるらしい
シェフのまかない飯を食べられたのは望外の幸せ


禁糖接近中

このところ腹部第二が不安定
今年もまた禁糖の季節がやってきた

禁糖ほど稽古場で盛り上がる話題はそう多くない
どうして、こんなに盛り上がるのだろう?
そのプチ苦行感、それが食いものとつながっている
だから盛り上がる
それだけ、みんな食いしん坊ということだ
二週間、糖分、コーヒーを断つというだけのはなしなのにね
何度も書いているが、禁糖は「度」に対する感覚を取り戻すために行う

はじめて禁糖をやったのは十年以上まえのことだが、
その時は、コーヒーが飲めないことが苦痛だった
最初のうちは、食べるものが無くなるのではないかと心配だったが、
回数を重ねる度に、工夫が生まれ、上手に過ごせるようになってくる
それでも、禁糖を前にすると、あれこれ非常食を買い込んでしまうのは、
初期の記憶が残っているからにちがいない

さて、いつからはじめようか

2016年2月6日土曜日

たられば

北野天満宮の境内を歩いていると、妻の気配を感じることがある
梅の木が多く植えられている境内、天神市のとき屋台の間を行き交うひとびと
この雰囲気をきっと妻は気に入ったにちがいない
ただ、ここに一緒に詣でたことはない
妻と京都に来たのは、数回のことで、一番最後に来たのは、
岡山帰省の帰り道、五山の送り火をみるために途中下車したときのことだ
まだ娘が小さかった頃のことだから、20年も昔のことになる

妻と京都に住んでいたらどうだろう
もっと穏やかに、諍いすることもなく、暮らせていたのではないか
そんなふうに思うことがある
たらればのはなしで、どう考えても、ありうることではない
妻が逝き、父が逝くことで、はじめて京都に戻るという選択肢が生まれたのだから

京都の生活に馴染むにつれ、
知人友人が訪ねてきてくれる度に、
この場所で稽古するごとに、現実感覚が取り戻ってきた
やはり、ひととのつながりによって、私もまた現世とつながっているのだ

























【1/25撮影】

2016年2月4日木曜日

句集正誤表

父の遺句集を百部つくり、あらかた配布を終えたところで、新たな誤植を発見。
裏表紙に記載されている電話番号が間違っていましたので、手元にある方は訂正お願いします。真ん中の桁 「四五六」→「四六五」。これは盲点だった。おそるおそる、この電話番号にかけてみた。場合によっては菓子折り持って謝りに参上する覚悟でいたから、「この番号は使われていません」というアナウンスに胸をなでおろした。
早い段階で気づいたものは訂正していますが、以下が要訂正箇処です。

  8頁 2句目 緋のつつ(じ)
 17頁 1句目 蚯蚓鳴(く)
 17頁 2句目 赤とんぼ
 裏表紙 電話番号 四五六 → 四六五

刷り上がってしまったら、配布に追われ、読みなおすこともしてなかった。父の句に俳句仲間がコメントを寄せてくれた句集部分に、孫たちを含め家族のほんわりした追想文が続き、最後に、僕の文章が締めるという構成もなかなかよかったのではないか。俳句の素人であることを棚に上げて自画自賛しておく。

大晦日正月によって年が区切られるというのは、たいしたもので、年を跨ぐことで、昨年の出来事が、一昨年の出来事になる。父が亡くなって13ヶ月。随分昔のことのように思えてくるのが不思議である。

2016年2月2日火曜日

2月

2月だ

1月末、三日間の稽古会に出たらへばってしまい、昨日は風邪気味
夜は10時くらいに布団にもぐりこんだ
明け方、胸に汗をぐっしょりかいて目が覚め、下着を取り替えてまた布団に戻り、
気がついたらもう昼だった

紅茶を飲み、掃除機をかけ、
郵便受けをチェックすると、葉書と封書が各一通
大井町に来てくれていた僕の保護者のような女性たちからだ
父の遺句集を送った、そのお礼の手紙
句集は100部作ったのだが、手元には20部しか残ってない

稽古予約の電話が一件
入会希望とのことなので、入会申込書はどこにしまい込んでしまったかとあちこち捜す
旧い書式のものが2部しかなかったので、事務局宛に新しいものを送ってくれるようメール
この稽古場に稽古に来てくれる人も、少しづつ増えてきている

郵便局とコンビニに行き、帰って来たらもう5時
夕食を作ろうと台所に立つ
米は出かける前に研いであるし、味噌汁用の出汁もとってある

玄関が騒がしい
チャイムも鳴ってないし、いったいだれだ?
と思って玄関を開けると、なんと松井一家が三人揃って立っている
軽自動車を飛ばして横浜からやってきたという
なんというサプライズ
招き入れてお茶を飲むが、この家に興味津々の様子で、あれこれチェックが入る

その頃、池田さんから、これから寄りますというメッセージが入る
なかなかのタイミングではないか
松井一家が等持院にいることに驚いた様子

松井一家、今度は戸村さんを驚かせるために西陣稽古場に向かう
一時間後、GONという洋食屋で合流し、名物ピネライスをいただく

こんなふうに2月の幕が開いた