2015年10月30日金曜日

10月の読書

エクソダス症候群* 宮内悠介 東京創元社 2015
茶室がほしい。* 永江朗 六曜社 2012
新「ことば」の課外授業*  西江雅之 白水社 2012
京都ぎらい 井上章一 朝日新書 2015
  京都に来て最初に買った本がこの『京都ぎらい』。この人の斜に構えた切り口は
 大好きで、これまで著書を何冊も読んできた「なぜ、私(筆者)はこのような視点
 を持ち得たのか」というのが、この本の主題。嵯峨育ちの筆者が洛中中華思想と遭
 遇することで生まれた京都への愛憎模様がいじましい。
異郷日記*  西江雅之  青土社 2008
話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか* 大塚ひかり 草思社 2015
子米朝* 桂米團治 ポプラ社 2008

2015年10月27日火曜日

等持院

 人が訪ねて来てくれると一緒に等持院のお庭を観に行こうという話になる。先日は大阪の叔母が、また、今日はドイツ稽古会のメンバーが来てくださったので等持院に出かけていった。前回、受付の人に「年間パスポートのようなものはないですか?」と訊いてみたら、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔をして、「ありません」という答えが返ってきた。そいういう質問はこれまでされたことなかったのかな〜。訪問者を案内する近隣住民とすれば、年間パスのようなものがあれば、ほんとうにありがたいのだが。等持院は団体客はおらず、ゆっくり庭を見ることができる。紅葉も少しづつ進んでいるようだが、やはり見頃は来月半ば以降ということになりそうだ。



2015年10月24日土曜日

京都に来て一ヶ月
月を観る回数が増えた


2015年10月23日金曜日

稽古始めます。

10月25日(日) 10-13 連座 15-18 連座
10月26日(月) 10-     個人教授
10月27日(火) 10-13 カタと同調 15-17 坐法臥法

参加希望者は稽古のすすめ方をご一読ください

11月以降は下記の通り

2015年10月19日月曜日

白山ふたたび

 11週間ぶりの石川。8月のはじめ、白山稽古会から京都に流れていくことで、小さなスイッチが、カチッと入った。それからの二ヶ月は、これまでの人生の中で三本の指に入るくらい目まぐるしい展開だった。

 よくまあ、北陸に戻ってこれたものだ。そして、今回は、京都から北陸道をたどってやってきた。特急サンダーバードで2時間と少々。等持院から京都駅まで1時間弱だから、3時間で金沢にたどり着く。今から思うと、東京から上越回りで電車を乗り継いで、あるいは、羽田小松間を飛行機で飛びながら、ほぼ6年間、よく通っていたものである。

 ここ数年の落ち着きのなさが災いしてか、稽古会の会員数も減り気味。縄文山田さんには、北陸稽古会、いや、日本海稽古会をなんとかしましょうとハッパをかけられている。その核として、白山稽古会をもっと充実させねばと思う。

 北陸新幹線開通のあおりを食らい、金沢駅周辺のホテルから追いやられ、今回は松任泊。稽古会の会場は松任にあるのだから、本来の姿に戻ったというべきか。金沢の混雑に嫌気をさした観光客が「もっと落ち着けるところ」を探して隣の白山市まで流れてきているようだ。人の出入りのある文化財のなかで稽古をしている身とすれば、観光客の目に晒されてながら稽古するのは不思議な気分。身体教育研究所を説明するパンフレットなどあるといいですね。



2015年10月14日水曜日

連座からはじめよう

連座からはじめることにしよう

三年前のことだ
稽古を二ヶ月ばかり離れていたことがある
稽古を再開しようとして驚いた
稽古への「戻り方」がわからないのだ
そんなとき、晋哉さんから(最近実名主義になってきています)
「ぼくの稽古に来てみませんか」と誘われた
そのときのことを連座というタイトルで書いた

結局、稽古会でやっていることは、いかに「触れるか」の追求になる
それが、生きるための「教養」となる

大井町稽古場で最後の稽古を担当したのが9月20日
ほぼ一ヶ月前のことになる
この週末、二ヶ月半ぶりの白山稽古会があるとはいえ、
またまた、自分自身、稽古への戻り方がわからなくなりつつある
そこで、やはり連座からはじめることにしよう

初回は10月25日です
引っ越しからちょうど一ヶ月目
  
連座への参加条件は、
(1)稽古歴2年以上で、(2)坐法臥法がひととおりできること
尚、三人が基本単位となるため、予約が三名に満たない場合は、
稽古がキャンセルされる可能性があることを予めご了承ください

もちろん、坐法臥法、カタと同調といった稽古もはじめます
稽古日程はこんな感じです
まずは稽古のすすめ方のページをご覧ください

2015年10月11日日曜日

大きな部屋

ここにタオル掛けがあったら、もう旅館だよね
というのが、真ん中の部屋についての皆の感想だ
京間の六畳に四畳の広縁
広縁には、小さなテーブルと籐椅子が置かれているから、
たしかに気分はもう旅館

このスペースの使い方は難しい
和室だから稽古の場にすることも考えた
しかし、台所の隣で、構造上、公私が混ざり合ってしまう空間だ
実際、今は寝室でもある
稽古場として使うことは、早々に諦めた

この部屋がどういう風に使われていくのか
稽古会が始まってみないと分からないのだが、
たしかに旅館風ゲストルームとして使われるのにはピッタリだ
京間の六畳というのは、江戸間の八畳といった感じで、
布団三人分余裕で敷ける

稽古+観光+宿泊
どうせひとり暮らしだし、千客万来ですね
ご近所に迷惑をかけず、不審な目で見られず、私の評判を落とすことのない
節度のある方は泊まりに来て下さい

更衣室として使う予定の三畳間もあります
昔風にいえば書生部屋
これも整備すれば長期滞在者用のゲストルームに使えそう

ぼくが怖れているのは、手間のかかる輩が押し寄せてくるという事態
ご飯を作ってくれる人ならばよいけれど、メシつくって食わせなきゃならない輩
そういう方にはお引き取り願いたい

小さな家

 小さな家に住むのが理想だ。田舎にちっちゃなオフグリッドの家などを建てて、エネルギー自給自足で暮らすなんて素敵じゃないか。中村好文や伊礼智の小さな家について書かれた本を読んでいると飽きない。無論、その先には、あこがれのバックパッカー生活がある。以前、このブログにも書いたことがあるが、バックバックひとつで日本とアジアをここ十年くらい行き来している知り合いがいるのだが、その自由さに憧れてしまう。

 小さな家に、もの少なめに暮らしているつもりでいた。引越し屋さんが見積もりに来てくれた時、そのように話したら、いや普通にあるでしょと言われ、ちょっとがっかりした。実際、荷造りをはじめてみると、この小さな家にいったいどれだけのものがつめ込まれているのだと思うくらい荷物は多かった。ことに台所用品の量の多さには目を剥いた。大きな家具は処分し、捨てられるものは捨ててきたのだが、それでもダンボールの数は予想以上に多かった。

 そんな私が、これまでになく大きな家に住みはじめた。収納はたっぷりあるから、今なお床に置かれているダンボールの箱を押し入れに放り込んでしまえば、あっという間に片付いた風にはなるだろう。でも、まだ、僕の片付け生活は終わっていないというか、これからだ。「京都5年間ロングステイです」と書いたが、契約がそうなっているからでもあるが、まだ旅の途中という気持ちが強い。京都でなくてもチェンマイでもキャンディでもよかった。ただ、稽古人としての人生を追求するとなれば、京都しかなかったということだ。

 こんな贅沢に暮らしてよいのだろうか、と思うくらい、静かで広々とした住空間である。カミさんには後ろめたい。きっと彼女はこんな環境で暮らしたかったに違いない。花を育てる庭もあるし。父が残してくれた花器もはじめて自分たちの居場所を見つけた。江戸川のワンルームも、その前の岡山の実家も、花器が活躍する場はなかったのだから。オヤジの審美眼などまったく信用してなかったのだが、桐箱から取り出した壺を観たダン先生に「お父さんいい趣味してるね」と言われ、あれれと思ってしまった。妻や父が実現できなかった理想がここにある。なんだかね〜。

 大きな家経由バックパッカーというのが、いま思い描いている私の未来です。

2015年10月10日土曜日

図書館デビュー

毎日が濃厚で、書くのが追いつかない
昨日はとうとう図書館デビュー
中央図書館に行ってきた

京都の街というのは、やはりこぢんまりとしていて、
google mapを頼りに、目的地に向かって自転車を漕いでいると、
たいがい通りすぎてしまう

図書館生活を諦めるつもりでいたが、
中央図書館まで自転車で20分でたどり着いた
京都の公共施設というのは、いまだに昭和の匂いぷんぷん
転入の手続きに行った区役所もそうだったが、この中央図書館もそう

それでも、図書カードは5分で作ってくれたし、
横浜市同様、インターネット予約も可能
一応、中央図書館を謳っているだけあって、蔵書の数もなかなか
横浜で普段利用していた山内図書館より量で上回り、質では相当に上をいっている
つまり、利用しがいのある図書館
しかも、一回十冊まで借りられるとのこと
みなさん、小さな買い物カゴのようなものを手に館内を徘徊している

京都生活二週間
活字というものからずっと離れていたし、本を読むという欲求さへ忘れていた
それでも、本の山を目の当たりにすると、活字中毒者の私が目を覚まし、
三冊ばかり借りてきた

・異郷日記(西江雅之)
・昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか(大塚ひかり)
・子米朝(桂米團治)

水の波

 人の体の中には七日サイクルで動く気の波と、十日サイクルで動く水の波があると仰ったのは晴哉先生だが、晴哉先生が水の波を採ったのはどのような理由があったのだろう。整体協会はもともと十日を単位に動いている。ロイ先生が亡くなるまでの月刊全生の月間予定表を見ればわかるように、毎月16日が活元指導の会で、20日は愉気法といった具合で、これは、晴哉先生の時代からずっと続いていたし、整体指導室の多くは、いまでも、これを踏襲しているはずだ。仕事の日程と講習会の日程のずれに苦労している講習生には、「整体協会は働く者のことを考えてない」と、よく言われたものである。十日サイクルの日程だと銀行とのやりとりが面倒と、本部道場の日程と一緒に動いていた事務局が週間制に移行したのが25年前。身体教育研究所も働く人のスケジュールに合わせるように週間制を採用した。それでも、京都の稽古会は毎月28日から三日間だし、週間制との折衷になっている。

等持院稽古場の日程をどのように組もうかと思案している。ここ以外の稽古で決まっているのは、月末3日間の稽古会と月中の土日にやる予定にしている白山稽古会。いずれにしても十日サイクルと七日サイクルを折衷させたものになる。稽古場は週間制で運営しているところが多いし、わたし自身、ずっと週間制の中で生活してきたのだが、時間の流れが加速しているせいか、一週間単位というのがせわしない。ここは、曜日への配慮を少なくして、十日を一つの単位とした稽古日程をつくってみようと思う。世の中、土日が休みの人たちばかりではないし、日程が合えばラッキー、くらいの気持ちで稽古に来てくだされば、それで十分。

毛氈が届き、竹の簾も届いた。開設準備は着々と進んでいます。

2015年10月9日金曜日

冷凍

食器棚、洋服ダンス
大きな家具の類は全て粗大ゴミに出してきた
最後の最後に、冷蔵庫も引越屋さんに処分してもらった

ひょっとすると、冷蔵庫なしの生活も可能なのでは、と一瞬だけ思った
ところが、引越荷物と一緒に持ってきたチーズはどうなる、バターはどうなる
と、考えた途端、冷蔵庫なし生活を諦め、家電量販店に走り、小さな冷蔵庫を買った
軟弱ですな

自炊体制が整うまで十日かかった
それまでは、外食だったりお弁当だったりの食生活
お米を炊いた
食べ終わって、土鍋に残る残りご飯をどうするか
そこで、はたと立ち止まった
これまでなら、ラップして冷凍庫に放り込んで、食べるときにはレンジで...
そうか冷凍庫と電子レンジはペアなのだ

ひとり暮らしに電子レンジは必需品というのは、世の常識
とはいえ、ここで更なる軟弱路線に入っていくのはちょっとくやしい
いま少し踏みとどまることにした

2015年10月8日木曜日

開設準備

 引っ越してきて二週間近くが経ち、ようやく生活できる状態になってきた。ここから稽古場部分の整備をはじめなくてはならない。まずは毛氈の注文。以前(といっても随分前のことなのだが)に比べ2〜3割値上がっている。お店の話だと、来月になると、さらに三割くらい上がることになるらしい。あとは、照明と窓の明かりをどうコントロールするか。やっぱり、稼働できるのは今月下旬になりそうです。
開設準備中のこの等持院稽古場、基本定員3名の全予約制で運営していく予定です。皆さんをお呼びしての「道場開き」は行いません、というか物理的に行えません。だから、じょじょに稽古しに来ていただくことで、ゆっくりここの存在が周知されていく、みたいなかたちが一番よいです。稼働前の見学も歓迎です。
 また、稽古日程の告知等は、このブログを通して行おうと考えています。大井町の稽古を担当していたときには、大井町稽古場独自のブログを立ち上げて、そこでいろんなお知らせを載せていたのですが、等持院稽古場に関しては、このブログに同居させていきます。文字通りの「公私混同」ですね。このブログの右下に等持院稽古場という項目を追加したので、時折、チェックしてみてください。

2015年10月4日日曜日

人力移動

 京都に越すというと、「終の棲家ですか?」と尋ねられることがあるが、「いや、5年間のロングステイです」と答えることにしている。いつからか「終の棲家」「定住」といった考えは捨ててしまった。30年前、京都で暮らしていた時には、基本、「学生・外国人」コミュニティの中を移動していたから、地元とのつながりは少なかった。それに比べれば、今回の京都住まいは、ひとりの大人として住み始めたわけで、逆に、若いころ体験できなかった「隣組」的な付き合いも、ひとつの「異文化体験」として愉しめそうな気がするのだ。

 こっちに来る前は、どんな田舎に住むことになるのかと心配していたが、杞憂だった。ここは閑静な住宅街なのだが、そこを学生たちがぞろそろ歩き、自転車に乗った学生たちが傍若無人に道路を走っている。立命館大学のお膝元なのだ。学生相手の定食屋なども結構な数あって、しかも夜遅くまで開いているから、お世話になることもあるだろう。というか、何日か前、お腹空いて仕方ないので、通りがかったハイライト(これって、百万遍にもなかったか?)というお店に飛び込んで、豚しゃぶ鍋定食を頼んだ。丼と呼べるサイズのプラスチックの茶碗に扮われたご飯のべちゃべちゃ感はともかく、620円は安い。徒歩10分の白梅町に行けば、大きなスーパーもあるから、暮らしていくのに不自由はなさそうだ。

 はじめての街に着いたら、ひたすら歩き回るというというのが、僕の旅のスタイルだが、これは今回の京都暮らしをはじめるに際しても同様で、必要に迫られてという部分は大きいけれど、随分、歩きまわっている。これに自転車移動が加わるから、人力移動の距離は、横浜で暮らしているときに比べ、格段に増えている。徒歩で2キロ圏、自転車で5キロ圏といったところだろうか。電車通勤しなくて済む生活というのはいいです。

(等持院の山門 この門をくぐった向こう側に住んでいます)

2015年10月1日木曜日

まずは一服

怒涛の9月をなんとか乗り越え、10月に入った
これから少しづつ稽古場としての体裁を整えていくことになるが、
まずは、生存していくための居住空間と台所をなんとかせねばならない

なにがどの箱に入っているか定かでないので、ひとつひとつの仕事に時間がかかる
探しものをしているうちに、もう一つの仕事を発見してしまい、
そもそも僕はなんのために、この箱を開いたのだろう
という最初の目的を忘れてしまうことも多い
結果として、無駄に家の中をウロウロするばかりで、一向に片付けははかどらない

お抹茶と茶筅が出てきて、しかも研修会館から頂いてきた和菓子があったので、
まずはお茶を一服点てることにした
すると、今度はお菓子を載せるお皿を探すことになる
お懐紙でもあれば、それでいいのだが、それも見当たらない
なんとか漆の小皿をみつけだしお菓子をのせ、超略式でお茶を点てる
思いの外、柔らかく美味しいお茶が点てられた
琵琶湖の水は期待できないと思っていたのに、横浜の水道水よりよほどおいしい

























築年不詳のこの家、後から大分手を入れられてはいるが、
随所に昔の姿を留めている
まず、見つけたのが鴨居から対角線上に飛び出ているL字型の金具
これは蚊帳用のものですね
昨晩訪ねてきてくれたダン先生
台所をみるなり、「ここは土間だったんだ〜」と感心し、
風呂場の風呂桶の深さに、「ここには五右衛門風呂があった」
と懐かしげに話されていた
そう言われれば、まったくその通りで、
たしか平成15年に大改装と不動産情報に書かれていたから、
それまでは、昔のかたちが、そのまま残っていたのかもしれない