2013年4月27日土曜日

4月の読書

今月はですね〜、実はipadでコミックを読んでいる時間が結構長かったりします

病院の世紀の理論* 猪飼周平 有斐閣 2010
ローマで語る* 塩野七生xアントニオ・シモーネ 集英社インターナショナル 2009
イルカと墜落* 沢木耕太郎 文藝春秋 2002
カラダという書物* 笠井叡 書肆山田 2011
浮世絵 消された春画* リチャード・レイン 新潮社 2002
利休の風景 山本兼一 淡交社 2012
悪と徳と 岸信介と未完の日本* 福田和也 2012
やまとことばレッスン* 林義雄 リヨン社 2005
ニッポンのサイズ* 石川英輔 淡交社 2003
中国と 茶碗と 日本と* 彭丹 小学館 2012

2013年4月15日月曜日

身体観

関東周辺の複数の稽古場担当者が寄り合って、
「集注稽古」という名称で稽古会を開催していた時期がある
盛んに行なっていたのは十年くらい前のことで、
近年その回数はずっと減ってしまった

指導者というのは、他の指導者の稽古に接する機会がない
機会がないというよりは、無意識に避けているといってよい
比べられるのが嫌なのだ
同じ稽古場を担当しているMさんとだって、一緒に稽古する機会が多いわけではない

ナオエさんが生きていた頃だから、もう十年も前のことか
二日間の稽古を6人の担当者でやったことがある
一日3コマを二日間、ひとり1コマ担当
参加者にとっては贅沢かつ面白いものであったにちがいない
ところが、ぼくの感想は違っていて、
「なんでそんなに自分の人生を晒すのか!」と戦慄した
一人ひとりの人生の有り様が稽古の中に濃厚ににじみ出ていたからだ

D先生のやってきた稽古をそれぞれの稽古会に持ち帰り、
それを次のグループに伝えていくというのが指導者の役目
しかし、同じ稽古を違う担当者がやると、違った稽古になるというのは普通にある
つまり、D先生の理解の仕方というのは百人百様ということだ
ただ不思議なことに共通の空気感は醸し出される

定型の稽古の中にもその人の人生がにじみ出てくる
自分がそんな風にして自分の人生を振りまいてるのかと思うとそら恐ろしい
ただ、人生というとあまりに大げさに過ぎるから、
ここでは「身体観」と呼ぶことにしよう
実際、稽古の中に発現するのは、その人が身体をどう捉えているか=身体観なのだ

2013年4月12日金曜日

カタ

結局40年前に引っ掛かっていたものを
ずうーっと引き摺って60の歳までやってきた、ということなのね
カタというものを鋳型として捉えれば、それはもう、そこから逃げ出すしかない
1950年代、60年代に育った若者がアメリカ文化にひかれていったのは当然
なんせ、日本にはない自由があるように見えてしまったのだから
「私はJ I S規格に適合すべく生産された工業製品である」と書きしるし、公教育を批判するところから、僕の卒論(1976年)は始まっているくらいだ
そして40年たった今、ようやくカタにたどり着いた、と言う訳だ
はっきり言って、「なにやってきたんだろオレ」、みたいな心境

それにしてもカタというのはすごい発明だ
不自由なものこそ自由であるという発見
カタに入らなければ、他者とも出会えない
カタに入ってはじめて人は外に向かって開かれていく
つまり、生きていくには「技」が要るのよ、というのが結論だったりする
その技の伝承を教育と呼ぶ

教育における「自発」「自主」なんてのは、一から定義し直す必要があるのでは
「それは、キミの自主性に任せるよ」って言葉は、責任放棄の言い訳に過ぎない
と言いながら、自分の子供に何度も使ってきた気もする
やはり、トホホだ
生きる技術って、カタの中でどれだけ自由に動けるかということだし、
創造性って、新しいカターつまり、新しい制約ーを発見する
という意味になる

若者よカラダを鍛えよー動法せよ
感覚を磨けー内観せよ
そんなこと言う資格がぼくにあるのか、そうとうにあやしいけれど、
反面教師の役目くらいはまだ残っているだろう

2013年4月7日日曜日

接触以前

人にどのように触れるか
というのは、永遠の稽古テーマ
合掌行気以前という稽古も、要はこの部分を取り扱ったもの
稽古場が始まった頃、
「人に触れるには十年はやい」と言われ続け、
人ではなく竹や団扇といったモノを相手に稽古する期間が続いた
とはいえ、稽古は先に進めていくには
人に触れることは避けて通れない

人に触れることを畏れよ
と言いたくなるくらい人に触れる行為を安易に捉える風潮がある
一方、触れること自体を忌避する風潮もある

他者を操作するために触れるのではなく、同調するための接触
正しく触れることを学ぶことは人としての基本的素養

大井町でも連座の稽古をはじめることになった
動法内観を稽古してきた初心者が人に触れていく
連座はよい入り口になると思う

接触以前

人にどのように触れるか
というのは、永遠の稽古テーマ
合掌行気以前という稽古も、要はこの部分を取り扱ったもの
稽古場が始まった頃、
「人に触れるには十年はやい」と言われ続け、
人ではなく竹や団扇といったモノを相手に稽古する期間が続いた
とはいえ、稽古は先に進めていくには
人に触れることは避けて通れない

人に触れることを畏れよ
と言いたくなるくらい人に触れる行為を安易に捉える風潮がある
一方、触れること自体を忌避する風潮もある

他者を操作するために触れるのではなく、同調するための接触
正しく触れることを学ぶことは人としての基本的素養

大井町でも連座の稽古をはじめることになった
動法内観を稽古してきた初心者が人に触れていく
連座はよい入り口になると思う

2013年4月1日月曜日

笈の小文


百骸九竅の中に物有。かりに名付て風羅坊といふ。誠にうすものゝかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好こと久し。終に生涯のはかりごとゝなす。ある時は倦て放擲せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝかふて、これが為に身安からず。しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、暫ク学て愚を暁ン事をおもへども、是が為に破られ、つゐに無能無芸にして、只此一筋に繋る。西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道(通カ)する物は一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る処花にあらずといふ事なし。おもふ処月にあらずといふ事なし。像花にあらざる時は夷狄にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。

と、長々と引用したのが「笈の小文」冒頭の一節。この芭蕉の自負には驚くばかりだが、裕之先生が身体教育研究所の活動を通して行わんとしてきたのは、この系譜の中に「晴哉の整体における」という一節を付け加えることであった。「天才」を「明治生まれの日本人」と読み替えるところから始められた野口晴哉研究は、「日本文化」と呼ばれているものを読み解く「動法と内観的身体」という鉱脈に突き当たり、更には、近代と前近代の裂け目を射程に入れながら、今年25周年を迎える。