2013年12月30日月曜日

12月の読書

慌ただしい年の瀬である
なぜ慌ただしくなってしまったかは近々報告することにして、
兎にも角にも今月の読書
ついでに今年のベスト5も選んでみることにした

15歳からの労働組合入門 東海林智 毎日新聞社 2013
辺境中毒 高野秀行 集英社文庫 2011
最後の忠臣蔵 池宮彰一郎 角川文庫 1997
随筆上方落語四天王* 戸田学 岩波書店 2011
随筆上方落語四天王の継承者たち* 戸田学 岩波書店 2013
日本沈没第二部 小松左京+谷甲州 小学館 2006
 オリジナル日本沈没(第一部?)と読み比べてみると、小松左京の文章には色気がある.
 この第二部はシュミレーション小説としてはよく書かれているが、ちょっとお勉強本みたい.
 しかし、地球は温暖化に向かっているのか、それとも寒冷化に向かっているのか?
空白の五マイル* 角幡唯介 集英社 2010

今年のベスト5
ザ・コールデスト・ウインター (上・下)  D・ハルバースタム 文春文庫 2012
アストリット・Kの存在 小松成美 世界文化社 1995
Born to Run - 走るために生まれた C・マクドゥーガル NHK出版 2010
西南シルクロードは密林に消える 高野秀行 講談社文庫 2009
日本沈没(上・下) 小松左京 小学館文庫 2006

2013年11月29日金曜日

11月の読書

人生のきほん* 佐野洋子対談集 佐野洋子/西原理恵子/リリー・フランキー 講談社 2011
山下清の放浪日記 池内紀編 五月書房 1996
遠くの声を捜して* 山田太一 新潮文庫 1989
異人たちとの夏* 山田太一 新潮文庫 1987
 映画は随分昔に観た.風間杜夫、秋吉久美子、片岡鶴太郎、監督は大林宣彦.
   47歳の中年男が、12歳で死に別れた30代の両親と出会う.
   あらためて原作を読んでみて、やはりいい作品だった.
山伏ノート* 坂本大三郎 技術評論社 2013
原発ホワイトアウト 若杉冽 講談社 2013
どこから行っても遠い町 川上弘美 新潮社 2008
 川上弘美の短編連作. 人物相関図をつくりたくなる.
想像ラジオ* いとうせいこう 河出書房新社 2013
限界集落株式会社 黒野伸一 小学館文庫 2013
俳優のノート 山崎努 文春文庫 2013
日本語は敬語があって主語がない 金谷武洋 光文社新書 2010

2013年10月30日水曜日

10月の読書

不思議なキリスト教 橋爪大三郎x大沢真幸 講談社現代新書 2011
日本の起源 東島誠・輿那覇潤 太田出版 2013

日本文化の論点 宇野常寛 ちくま新書 2013
ハピネス 桐野夏生 光文社 2013

ブラジルの田中さんの奥さんの名をシサという
澄んだ目の持ち主であった
そのシサさんから、今年出版された"quando todas as folhas caem"という
俳句形式で書かれた詩集をいただいてきた
「葉がすべて落ちた時」というような意味らしい
もちろん、僕にポルトガル語の意味はわからない
だが、目を通してみたら、まごうことなく、これは句集であった



2013年9月24日火曜日

day -3 稽古場の25年

 パリでも稽古会をやることになったことはすでに報告済みですが、その会を準備してくださっているNさんから、当日どんな話をするのか、どんな稽古をするのか、事前に教えてほしいというリクエストが届いている。「doho」がはじめてフランスで紹介される会になるわけで、たしかに、事前にある程度の情報がないと主催者・通訳者としては困るにちがいない。この点、ドイツの会は長年の積み重ねがあるから楽ですね。
 さてどこから書いていくべきか。まず身体教育研究所25年の歴史からとき起こすことで、自分たちがどこを目指しているのかが明らかになるのではないか。そうすれば、自ずと当日の稽古の中身も定まってくるのではなかろうか。以下は試稿。

******

 整体は割に早い段階からヨーロッパに入ってきているようです。整体協会の古い機関誌ーzenseiといいますーなどを読んでいますと、40年くらい前、整体協会の創始者である野口晴哉先生ご存命の頃から、すでに、津田さんという方を中心にヨーロッパで整体が広がっていた様子が伺えます。津田さんは合気道もよくされた方のようですが、それ以外にも、ヨーロッパに留学していた音楽家を通しての広がりもあったようです。その晴哉先生は1976年にお亡くなりになり、その後を、晴哉先生のご子息たちが引き継ぎ、今日に至るまで整体協会の活動は続いています。

 私の師匠は野口裕之(Hiroyuki)先生ー晴哉先生の次男にあたられる方です。晴哉先生がお亡くなりになった後、三男の裕介(Hirosuke)先生と一緒に、本部講師として指導者育成、会員指導に当たられてきました。今からちょうど25年前、1988年のことになりますけれど、裕之先生は本部講師を辞め、「整体法研究所をはじめます」と宣言しました。この整体法研究所は何年かあとになって、「身体教育研究所」と名前を変えることになります。この研究所が創設されたとき、たまたま私が一番身近にいたものですから、身体教育研究所の運営・マネージメントを任されることになってしまいました。以後、4年前に指導者として独立するまで、身体教育研究所の運営に携わってきました。

 じゃあ、どうして、裕之先生は身体教育研究所なるものをはじめたのか? 野口晴哉という人は「天才」と呼ばれた人です。天才というのはやってみせることはできるが、それを説明できないーあるいは敢えてしない。学ぶ側は大変です。つまり、弟子たちは、見よう見まねで真似しようとするが、自分がやっていることに確証がもてない。これは、私なども整体を学び始めて30年以上たってしまいましたが、確証の持てなさ加減は同じです。指導者を育てる立場だった裕之先生にとって、これは切実な問題であったに違いありません。裕之先生は晴哉先生の技を理論体系化する役割を担わされていた訳で、それが、身体教育研究所の出発点です。

 整体というと、活元運動、愉気、整体操法といったものを思い浮かべることが多いと思いますが、身体教育研究所の活動が始まって、これらに「動法(doho)」と「内観(naikan)」が加わります。動法とは「身体を動かしていく理(ことわり)」です。1911年生まれの晴哉先生と、戦後生まれ(1945〜)の我々は、身体の捉え方=身体観が異なっているのではないか、故に、異なった原理で体を扱っていたのではないか、という仮説からこの動法研究ははじまりました。年数にして一世代、僅か30年ほどの違いに過ぎませんが、この間、社会環境は大きく変化し、日本でいえば、戦後ー高度成長期を経ることで生活環境そのものが大きく変わりました。伝統的なものが打ち捨てられ、いわゆる生活の西洋化が進んだ時代でもありました。時代によって身体観は変化し、身体観の変化によって、身体の使われ方は変化する。野口晴哉研究からはじまった動法研究は身体観の研究に転じていきます。

 現代を生きる人間にとっての身体観は科学的医学的身体観と呼びうるものでしょう。これはフランスにおいても日本においても共通しているのではないでしょうか。国民国家の誕生以来、そして工業化の進行とともに、外からの物差しで人間を測ることが常態化し、人はその客観的とされる数値によって形成される姿を内面化してきました。人は自由に感じることができるといわれても、その感じることが既に社会化されているのです。科学的思考の本家ともいえるフランスではどうなのでしょう? 文化の伝承というものを考えたとき、それを支えているのは共有された身体観ということになります。この「身体観」「動法」研究の成果は裕之先生の論文にまとめられていますので参照してください。 

 私たちが行っている「動法」というのは、狭義には日本人の間に伝わってきていたであろうとされる「身体観」を学ぶことと言えるでしょう。同時に、それは科学的医学的身体観以前のー前近代の「身体観」を学ぶことでもあります。私たちが25年間稽古してきた「動法」がフランスで紹介されることにどのような意義があるのか私にはわかりません。ただ、Nさんとのご縁で今回パリで稽古会が実現することのなったことを私自身とても嬉しくおもっています。これまで自明と思ってきた自分の身体の見方を問い直す機会になればと思います。


******

と、ここまで書いてはみたものの、言葉足らずというか、トンチンカンな感じは否めない。少人数の会なので、ここまで大上段に構える必要もないのかも。続きはドイツで考えることにしよう。

2013年8月16日金曜日

本3題

■ふとブックオフでも冷やかそうかと改札抜けて普段とは逆方向に歩き出す。ピンと来るものに出会えず、最後に立ち寄った百円コーナーで、なんと晴哉先生の「誕生前後の生活」と「女である時期」の二冊を発見。無事救出して参りました。あまり読まれた形跡はなく、当然のことだけど、ずっと昔に買った私所有のものより状態はよい。せどり屋にでもなろうかしら。

■図書館の棚の間をクルーズしていて、時々、なんでこの本がこの棚に?ということがままある。例えば、小林信彦の週刊文春連載のエッセイ一年分をまとめた『定年なし、打つ手なし』が老人問題(367)のところにあったり、米原万里の『パンツの面目ふんどしの沽券』が衣食住の習俗(383)の棚に置かれていたりする。ふたりとも大好きな作家なので余計に気になる。100%的外れとはいえないけれど、一緒に並んでいる本と仲良くしているようには見えず、ちょっと気の毒。

■月刊全生8月号に掲載されている語録の最後の部分に「暑さを少なくする体操」として「倚坐して足を机上にのせ、そりかえることだ」という一文がある。倚坐とはどういう座り方なのか、跪坐とはちがうのか?という問い合わせが僕のところに舞い込んできた。たしかに倚坐はキザと読めるが、跪坐(足首を返して)したら足は机に載せられないだろう。編集部のSさんに訊いてみたら、倚坐は「いざ」と読み、普通に椅子に座った姿勢のことであるという。それなら納得。倚坐=いざとは僕も知らなかった。

2013年8月7日水曜日

大愚良寛

はじめて糸魚川に行き、そこに相馬御風という偉い人がいたことを知った
縄文山田さんから相馬御風のことは伝え聞いていたはずだが、
実際に御風が暮らした家を訪ね、記念館でその功績を目の当たりにすると、
偉い人が居たものだと感心してしまう
33歳で東京から糸魚川に戻り、恩師の葬儀に一度出席するために上京した以外、
一度も東京の地を踏むことがなかったという逸話など「よいなあ」と思う
忘れられていた「ひすい」の記憶を奴奈川伝説を読み解くことで取り戻した功績など、
糸魚川にとって恩人ではないか
良寛研究家としても著名で「大愚良寛」といった研究書を著している
帰京後さっそく、取り寄せて見たのだが、重い!
十分重いと思った晴哉先生の「潜在意識教育」(中央)が小さく見えるほどだ
ちなみに左端は発行後40年の時を経て初めて読んでいる小松左京の「日本沈没」の文庫版


2013年7月24日水曜日

7月の読書

高野秀行月間だったな
夏は冒険譚にかぎる
月末、(お天気よければ)白山に登る予定
ということで、今月は早めのup
ただし、読みかけの本多数

ビルマ・アヘン王国潜入記* 高野秀行 草思社 1998
巨流アマゾンを遡れ* 高野秀行 集英社文庫 2003
おやじがき* 内澤旬子 にんげん出版 2008
世界でいちばん長い写真 誉田哲也 光文社文庫 2012
賭ける魂* 植島啓司 講談社現代新書 2008
オノマトピア* 桜井順 岩波現代文庫 2010
 これ名著かも. はじめて村上鬼城の俳句と出会う
怪獣記* 高野秀行 講談社 2007
ぼくの住まい論* 内田樹 新潮社 2012
窓の外は向日葵の畑* 樋口有介 文藝春秋 2010
 樋口有介草臥れてきてるぞ
未来国家ブータン* 高野秀行 集英社 2012
ザ・コールデスト・ウインター (下)  D・ハルバースタム 文春文庫 2012
 訪れたことのある街々が戦場であったことに今更ながら驚く
風の盆幻想* 内田康夫 幻冬舎 2005
フクシマからはじめる日本の未来* 大友良英他 アスペクト 2012
移民の宴* 高野秀行 講談社 2012
福島飯館村の四季* 烏賀陽弘道 双葉社 2012
MICRO 世界のヘンな建物* ルース・スレイビッド エクスナレッジ 2013

2013年6月27日木曜日

6月の読書

どうも落ち着かない一ヶ月でした
まだ、月末の石川遠征は残っていますが...

シャッター商店街と線量計* 大友良英 青土社 2012
リスクに背を向ける日本人* 山岸俊男+MC・ブリントン 講談社現代新書 2010
ザ・コールデスト・ウインター (上)  D・ハルバースタム 文春文庫 2012
グレートジャーニー 2 関野吉晴 ちくま新書 2005
呼ぶ山* 夢枕獏 メディアファクトリー 2012
呪いの時代* 内田樹 新潮社 2011
Born to Run - 走るために生まれた* C・マクドゥーガル NHK出版 2010
人口負荷社会* 小峰隆夫 日経プレミアシリーズ 2010
国語の建設 林武 講談社 1971
「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか* 開沼博 青土社 2011

2013年6月12日水曜日

ひとふでがき

一筆書きが好き、といっても旅の話です
二箇所行きたいところがあれば、
どのように現在地を含め三点を繋げられるか
と考えはじめる
二箇所それぞれを単純往復というのを潔しとしない
貧乏くさいと言われても反論しないが、
経済合理性に反するケースも多々あるから、ただの貧乏性ではない
単純に周遊したいだけ
人によっては「鉄道一筆書き日本一周」という話になっていくのだろうが、
そういうマニアックさは持ち合わせていない

17歳の一人旅からしてそうだったな
津山(岡山)から鳥取に抜け、日本海側をとことこ下り、
関門トンネルを徒歩で(ほんとか?)九州に渡る
福岡〜佐賀〜長崎〜熊本と移動して別府に至り、
そして瀬戸内海を関西汽船で横切って高松〜岡山ルートで帰ってきた
やはり一筆書きだ

はじめて海外に出かけていったときには、結局東回りで地球一周
人生最初で最後の世界一周
20ヶ月かかったけどw
だからオープンジョーで航空券を手配するのも好き
着陸地と離陸地をずらすことで回遊性を作り出そうというわけだ
行きはフランクフルト、帰りはロンドン
あるいは、行きはデュッセルドルフ、帰りはミュンヘンといった具合

芭蕉のおくのほそ道も一筆書きだが、
江戸発大垣着だからループは閉じられていない
芭蕉が江戸に戻るのはおくのほそ道の旅を終えて二年半後
二年かけておくのほそ道を完成させている
そして、再び上方へと旅立っている

普段は田園都市線・大井町線単純往復の繰り返し
ならば、行きと帰りのルートを変えればいいじゃないかと問われれば、
そんなしんどいことはやりたくない
と当然のように答える
ルーティンはルーティンなのだ

この単純往復からはみ出したいがために、
芭蕉まで持ちだし、とんだ駄文に付きあわせてしまいました

2013年6月3日月曜日

Born to Run

Born to Run-走るために生まれた」はすごい刺激的な本
人は長く走るために進化してきた
高価なジョギングシューズほど怪我する確立が高い
等々、これまでの常識を覆すような説がいくつも出てきて、
しかも説得力がある
それにしても、100マイル走を考案してしまうアメリカは変な国だが、変人への許容度の高さは素晴らしい
ところで、本の冒頭、カスタネダに出てきたヤキ・インディアンはタラウマラ族であったというのは本当か?

2013年5月30日木曜日

5月の読書

今月のリスト
ひと通り読破ー本を噛み砕いているようなすごい表現ですねーしたものです

グレートジャーニー(1)* 関野吉晴 ちくま新書 2003
(日本人)* 橘 玲  幻冬舎 2012
双頭の船* 池澤夏樹 新潮社 2013
世界が土曜の夜の夢なら* 斎藤環 角川書店 2012
女流阿房列車* 酒井順子 新潮社 2009
女子と鉄道* 酒井順子 光文社 2006
水木しげるの古代出雲 角川書店 2012
ストライカーのつくり方 藤坂ガルシア千鶴 講談社現代新書 2011
たたずまいの美学 矢田部英正 中公文庫 2011
ピース 樋口有介 中公文庫 2009
三味線ざんまい 群ようこ 角川文庫 2005
松本山雅劇場 宇都宮徹壱 カンゼン 2012
ネジと人工衛星 塩野米松 文春文庫 2012
永遠のゼロ 百田尚樹 講談社文庫 2010
日本語の奇跡* 山口謡司 新潮新書 2007
日本語にとってカタカナとは何か* 2012

2013年5月6日月曜日

和紙歩き

今期の稽古しずかにはじまる
「和紙歩き」ってやったことある?
と若者に訊いてみたら、「鷲歩き」ですか?
と返ってきたので、今期の稽古は和紙歩きからはじめることにする

すり足の稽古を畳の上でなく、お習字の和紙の上で行う
書道を真面目にやっている人たちには叱られてしまいそうだ
下手に足を動かすと、たちまち紙は破けてしまう
一枚数十円の和紙をベリベリと破られてしまっては、こちらとしてもたまらない
足の裏でアイロンをかけるように動かしていくのだ
土踏まずを押し潰すように足裏を伸ばすのだ
足指の腹も伸ばすのだ
手と同様、足も「つかむ」ことばかりやってきているから、
この引き伸ばす感じがなかなかつかめない

踵を浮かせないように足裏を引こうとしたら、
足の後退とともに、足首の曲がりが深くならないと、足裏の一定は保てない
靴の生活があたりまえの現代日本人の足首感覚は絶望的に退化している
下駄でも履いてみれば、すぐ分かることなのだが...
足首が締まる感じがわからない人に、「あんたは締りがない」と言っても通じない
このたった一つの感覚を掴んでいるか否か
それが所作の美しさとだらしなさを分けることになる

なんとか坐法にたどり着く
もちろん和紙の上でやる
正座にたどり着いたら、正座のまま手を和紙の上に置き、後退りする
つまり、紙の上をスネが滑っていく
この滑りを実現するのが、実は引き締まりの感覚なのである

最初の稽古って、いわば囲碁の初手のようなもので、
その後の稽古の流れを決めてしまうことがある
ちょっとばかり怠けていた動法の稽古を今期はやることにする

2013年5月4日土曜日

読書ノートについて

このブログの「読書ノート」を参考にしています、
などと言われることが時折あります
この読書ノートは自分用のメモのようなもので、
その月、買った本、図書館で借りてきた本などをリストにしているだけで
必ずしも読んだ本ではありません
途中でほっぽらかしにしている本も結構あります
たしかに感銘を受けたものなどは大文字にして記憶に残るようにしていますが、
それらにしても相当に「私的」です
老婆心ながら、参考にしないほうがよいとアドバイスしておきます
本棚を見れば、その人が分かる
という話はどこかで聞いた記憶があるのですが、
どなたか私がどんな人間なのか分析していただけるとありがたいです

2013年4月27日土曜日

4月の読書

今月はですね〜、実はipadでコミックを読んでいる時間が結構長かったりします

病院の世紀の理論* 猪飼周平 有斐閣 2010
ローマで語る* 塩野七生xアントニオ・シモーネ 集英社インターナショナル 2009
イルカと墜落* 沢木耕太郎 文藝春秋 2002
カラダという書物* 笠井叡 書肆山田 2011
浮世絵 消された春画* リチャード・レイン 新潮社 2002
利休の風景 山本兼一 淡交社 2012
悪と徳と 岸信介と未完の日本* 福田和也 2012
やまとことばレッスン* 林義雄 リヨン社 2005
ニッポンのサイズ* 石川英輔 淡交社 2003
中国と 茶碗と 日本と* 彭丹 小学館 2012

2013年4月15日月曜日

身体観

関東周辺の複数の稽古場担当者が寄り合って、
「集注稽古」という名称で稽古会を開催していた時期がある
盛んに行なっていたのは十年くらい前のことで、
近年その回数はずっと減ってしまった

指導者というのは、他の指導者の稽古に接する機会がない
機会がないというよりは、無意識に避けているといってよい
比べられるのが嫌なのだ
同じ稽古場を担当しているMさんとだって、一緒に稽古する機会が多いわけではない

ナオエさんが生きていた頃だから、もう十年も前のことか
二日間の稽古を6人の担当者でやったことがある
一日3コマを二日間、ひとり1コマ担当
参加者にとっては贅沢かつ面白いものであったにちがいない
ところが、ぼくの感想は違っていて、
「なんでそんなに自分の人生を晒すのか!」と戦慄した
一人ひとりの人生の有り様が稽古の中に濃厚ににじみ出ていたからだ

D先生のやってきた稽古をそれぞれの稽古会に持ち帰り、
それを次のグループに伝えていくというのが指導者の役目
しかし、同じ稽古を違う担当者がやると、違った稽古になるというのは普通にある
つまり、D先生の理解の仕方というのは百人百様ということだ
ただ不思議なことに共通の空気感は醸し出される

定型の稽古の中にもその人の人生がにじみ出てくる
自分がそんな風にして自分の人生を振りまいてるのかと思うとそら恐ろしい
ただ、人生というとあまりに大げさに過ぎるから、
ここでは「身体観」と呼ぶことにしよう
実際、稽古の中に発現するのは、その人が身体をどう捉えているか=身体観なのだ

2013年4月12日金曜日

カタ

結局40年前に引っ掛かっていたものを
ずうーっと引き摺って60の歳までやってきた、ということなのね
カタというものを鋳型として捉えれば、それはもう、そこから逃げ出すしかない
1950年代、60年代に育った若者がアメリカ文化にひかれていったのは当然
なんせ、日本にはない自由があるように見えてしまったのだから
「私はJ I S規格に適合すべく生産された工業製品である」と書きしるし、公教育を批判するところから、僕の卒論(1976年)は始まっているくらいだ
そして40年たった今、ようやくカタにたどり着いた、と言う訳だ
はっきり言って、「なにやってきたんだろオレ」、みたいな心境

それにしてもカタというのはすごい発明だ
不自由なものこそ自由であるという発見
カタに入らなければ、他者とも出会えない
カタに入ってはじめて人は外に向かって開かれていく
つまり、生きていくには「技」が要るのよ、というのが結論だったりする
その技の伝承を教育と呼ぶ

教育における「自発」「自主」なんてのは、一から定義し直す必要があるのでは
「それは、キミの自主性に任せるよ」って言葉は、責任放棄の言い訳に過ぎない
と言いながら、自分の子供に何度も使ってきた気もする
やはり、トホホだ
生きる技術って、カタの中でどれだけ自由に動けるかということだし、
創造性って、新しいカターつまり、新しい制約ーを発見する
という意味になる

若者よカラダを鍛えよー動法せよ
感覚を磨けー内観せよ
そんなこと言う資格がぼくにあるのか、そうとうにあやしいけれど、
反面教師の役目くらいはまだ残っているだろう

2013年4月7日日曜日

接触以前

人にどのように触れるか
というのは、永遠の稽古テーマ
合掌行気以前という稽古も、要はこの部分を取り扱ったもの
稽古場が始まった頃、
「人に触れるには十年はやい」と言われ続け、
人ではなく竹や団扇といったモノを相手に稽古する期間が続いた
とはいえ、稽古は先に進めていくには
人に触れることは避けて通れない

人に触れることを畏れよ
と言いたくなるくらい人に触れる行為を安易に捉える風潮がある
一方、触れること自体を忌避する風潮もある

他者を操作するために触れるのではなく、同調するための接触
正しく触れることを学ぶことは人としての基本的素養

大井町でも連座の稽古をはじめることになった
動法内観を稽古してきた初心者が人に触れていく
連座はよい入り口になると思う

接触以前

人にどのように触れるか
というのは、永遠の稽古テーマ
合掌行気以前という稽古も、要はこの部分を取り扱ったもの
稽古場が始まった頃、
「人に触れるには十年はやい」と言われ続け、
人ではなく竹や団扇といったモノを相手に稽古する期間が続いた
とはいえ、稽古は先に進めていくには
人に触れることは避けて通れない

人に触れることを畏れよ
と言いたくなるくらい人に触れる行為を安易に捉える風潮がある
一方、触れること自体を忌避する風潮もある

他者を操作するために触れるのではなく、同調するための接触
正しく触れることを学ぶことは人としての基本的素養

大井町でも連座の稽古をはじめることになった
動法内観を稽古してきた初心者が人に触れていく
連座はよい入り口になると思う

2013年4月1日月曜日

笈の小文


百骸九竅の中に物有。かりに名付て風羅坊といふ。誠にうすものゝかぜに破れやすからん事をいふにやあらむ。かれ狂句を好こと久し。終に生涯のはかりごとゝなす。ある時は倦て放擲せん事をおもひ、ある時はすゝむで人にかたむ事をほこり、是非胸中にたゝかふて、これが為に身安からず。しばらく身を立む事をねがへども、これが為にさへられ、暫ク学て愚を暁ン事をおもへども、是が為に破られ、つゐに無能無芸にして、只此一筋に繋る。西行の和歌における、宗祇の連歌における、雪舟の絵における、利休が茶における、其貫道(通カ)する物は一なり。しかも風雅におけるもの、造化にしたがひて四時を友とす。見る処花にあらずといふ事なし。おもふ処月にあらずといふ事なし。像花にあらざる時は夷狄にひとし。心花にあらざる時は鳥獣に類ス。夷狄を出、鳥獣を離れて、造化にしたがひ、造化にかへれとなり。

と、長々と引用したのが「笈の小文」冒頭の一節。この芭蕉の自負には驚くばかりだが、裕之先生が身体教育研究所の活動を通して行わんとしてきたのは、この系譜の中に「晴哉の整体における」という一節を付け加えることであった。「天才」を「明治生まれの日本人」と読み替えるところから始められた野口晴哉研究は、「日本文化」と呼ばれているものを読み解く「動法と内観的身体」という鉱脈に突き当たり、更には、近代と前近代の裂け目を射程に入れながら、今年25周年を迎える。

2013年3月30日土曜日

3月の読書

やっと歴史シリーズに一区切り

あの戦争と日本人* 半藤一利 文藝春秋 2011
昭和史 戦後篇 1945-1989* 半藤一利 平凡社ライブラリー 2009
羆撃ち* 久保俊治 小学館 2009
サムライブルーの料理人* 西芳照 白水社 2011
それども日本人は「戦争」を選んだ* 加藤陽子 朝日新聞社 2009
恐れるな! イビチャ・オシム  角川oneテーマ21新書 2010
ブラック・ジャック創作秘話 吉本浩二 秋田書店 2011
さらさらさん 大野更紗 ポプラ社 2013
abさんご 黒田夏子 文藝春秋 2013
小さな建築 隈研吾 岩波新書 2013
逝かない身体* 川口有美子 医学書院 2009

2013年3月27日水曜日

生動気韻

「動法」「内観」で検索してみたら、中国新聞に掲載された畏友安森和子女史のテキストが出てきた。身体教育研究所HPの非公開領域に埋もれていたものが現在は発掘可能になっているらしい。1993年、つまり20年前に書かれ文章なのだが、まったく色褪せてない。スキャンデータも手元にあったので、併せて公開することにする。著作権上問題があればご指摘いただきたい。文中の整体法研究所は身体教育研究所と読み替えてください。【】内をクリックするとテキストが表示され、画像をクリックするとオリジナルサイズの画像が表示されます。

01【立つ
 02【坐る
03【歩く
04【足袋
05【墨すり
 06【筆動法
 07【動象墨韻
08【定まる

2013年3月13日水曜日

合掌行気以前第一期終了

「合掌行気以前」第一期5回(大井町稽古場火曜夜学)が昨日で終了
思いの外ゆっくりペース
テーマは大分出て来たので一年かけてやりましょう
来月の集注稽古でも続きやります
ここまででやろうとしてきたこと、やりかけのものをリスト化するとこんな感じです

・合掌行気はいつはじまるのか
・カタの持つ意味
・行の落とし穴
・つられる
・二の腕の動き
・感応動法としての邪気吐き
・人に触れるための前提条件
・場

2013年2月28日木曜日

なにもこんなに

図書館にいくと、ついつい借りてきてしまうのです
最近は、買った本も読み終えたら図書館に持ち込んだりもして...

そうそう、kindle paperwhiteは返品してしまいました
表示がほんの少しだけななめっていたのが理由のひとつ
それだけなら、交換でもよかったのだけれど、
ペーパートレイで食事しているような感じを克服できず、
一ヶ月目に返品手続き(そんなことができるとは、迂闊にもこれまで知らなかった)を取ってしまいました


2013年2月27日水曜日

野口晴哉が足らない!

 「野口晴哉が足らない!」と思った。去年の12月、稽古後の掃除で大井町稽古場の畳を乾拭きしていたときの話だ。「野口晴哉が足らない!」って、日本語としてちょっと妙だなとは思ったが、言葉がそのように浮かんできた以上、きっとその通りなのだ。

 といっても、僕は野口晴哉を直接知らない世代。それ故、「野口晴哉を知らない世代は、どのように整体を学び得るのか」を一貫したテーマとしてきた。身体教育研究所とずっと関わってきたのも、そのテーマを追求できる場はここしかないと思ってきたからに他ならない。

 この「野口晴哉が足らない!」と最近のテーマ稽古としてはじめた「活元運動以前」「合掌行気以前」がどう繋がってくるのか正直まだよくわからないのだが、今の段階で、この稽古スタイルにたどり着くまでの経緯を書き留めておこうと思う。このブログで既に書いてきたものと重複する部分も多いと思うが、その点は御容認を。

 なんといっても、去年、4月5月の二ヶ月、稽古から離れていたことが大きい。四国遍路の予定が病院通いに変わってしまったのは致し方ないとして、そこから稽古に戻るまでが大変だった。僕が大井町で稽古を担当し始めたのは1998年の秋からなのだが、以来、14年間、本部の稽古に出て、大井町の稽古を担当するというパターンでずっとやってきた。それが、丸二ヶ月稽古から離れることで、どう戻ってよいかまったくわからなくなってしまった。それまでなら、公開講話などを手掛かりにして、稽古を組み立てていたののだが、それもできない。途方に暮れた。

 たどり着いたのが、坐法、臥法といった基礎稽古。とにかく出発点に戻って、そこからやるしかない。そんな感じで、夏くらいから、「坐法臥法」「合掌行気と内観的愉気」などをテーマ稽古と称してやりはじめた。はじめてみると、何故これらが基礎と呼ばれてきたのかがわかりはじめた。つまり、基礎というのはなんでも盛り付けることができる大きな「器」なのだ。合掌行気1988と合掌行気2013では、かたちは同じ合掌行気なのだけれど、その内実がまるで違う。25年の間に産まれた知見体験をいかようにでも盛り込むことができる。「基礎が進化する」の意味が腑に落ちた。

 合掌行気や活元運動にたどり着いたきっかけはいくつか挙げることができる。一つは、ある活元会のメンバーを対象に定期的に稽古会をやらせてもらった経験。もうひとつは、海外での稽古会。活元会の人たちは、稽古会は毎回やることが違っているから敷居が高いと仰る。この感想を聞いた時には、その意味するところを理解できなくて、「え〜」っと思ったものだが、ある一定のプロトコルに沿って会が進んでいくことへの安心感、同じことを続けて行くことで育っていく微かな変化に対する感受性というものは確かにある。多方向から切り込み、即興性を重視する稽古会のスタイルだって、ひとつのプロトコルであるに相違ないのだが、稽古場25年の中で、それまでの整体協会にない文化を作ってきてしまったらしい。

 海外で稽古会をやってみると、ある一定のプロトコル=様式の持つ力を痛感せざるを得ない。指導室もない、指導者もいない環境で暮らしながら、活元運動と愉気だけを頼りに生活している人は実際に大勢いる。その覚悟は間違いなく大きな力になっている。だから、例えば年一回しかない稽古会でなにを行うかというのは大問題。そんななかで、整体協会の伝統として伝わっている活元運動、合掌行気を行うというのは理にかなっている。一方、整体協会本体は活元運動を、身体教育研究所は動法を、という棲み分けでやってきたから、活元運動にまったく触れることなく何年も稽古を続けているという人たちも増えてきた。「本部では活元運動ってのをやってますから、行って体験してみて下さい」という紹介のしかたもありだと思うのだが、できれば稽古として自家薬籠中のものとしたい。

 ただ、活元運動を「稽古」として提示しようとすれば、準備運動の説明のしかたひとつとっても従来と違ったものにならざるを得ないし、それによって、活元運動の新たな可能性を探求できるはずだ。そんなことを考えながら、1月から「活元運動以前」「合掌行気以前」をテーマ稽古としてやり始めた。稽古の進み具合は遅々としたものだけれど、手応えは感じている。

2013年2月22日金曜日

2月の読書

ちょっと早目の「今月の読書」
未読分も含まれているので、2月はこんな感じでしょう
先日、図書館に行って気づいたことの一つは、書架に新書の本が増えたこと
ここ数年の新書ブームが図書館にも及んでいるというのは当然のことか
振り返ってみると意外にも読書月間
ブログの更新より本に向っている時間が長かったということ

幕末・戦後という歴史の転換点における人の在りようは興味深い
『利休にたずねよ』の山本兼一が書いた山岡鉄舟を主人公にした小説があることを知り早速読んでみた
その流れで、幕末関係のものに手を広げつつある
そして、鴨下本で戦後をおさらい
このシリーズに出てくる映画や音楽のタイトルを吃驚するくらい記憶している
改めて、映画・テレビと共に育ってきたことを痛感

命もいらず名もいらず(幕末篇)* 山本兼一 NHK出版 2010
命もいらず名もいらず(明治篇)* 山本兼一 NHK出版 2010
幕末史* 半藤一利 新潮社 2008
氷川清話* 勝海舟 講談社学術文庫 2000
誰も「戦後」を覚えていない* 鴨下信一 文春新書 2005
誰も「戦後」を覚えていない [昭和20年代後半篇]* 鴨下信一 文春新書 2006
誰も「戦後」を覚えていない [昭和30年代篇]* 鴨下信一 文春新書 2008
ユリ・ゲラーがやってきた* 鴨下信一 文春新書 2009
昭和史* 半藤一利 平凡社 2004

幸せの条件 誉田哲也 中央公論社 2012
自分を生かす古武術の心得 多田容子 集英社新書 2008
イタリアからの手紙*  塩野七生 新潮社 2003
帝国以後*  エマニュエル・トッド  藤原書店 2003
そうはいかない* 佐野洋子 小学館 2010
英国セント・ギルダ島の何も持たない生き方* 井形慶子 講談社 2003
教育者・今村昌平* 今村昌平著 佐藤忠男編著 キネマ旬報社 2010

2013年1月30日水曜日

1月の読書

街場の文体論 内田樹 ミシマ社 2012
こんな夜更けにバナナかよ* 渡辺一史 北海道新聞社 2003
日本人と不動産* 吉村槇治 平凡社新書 2011
天頂より少し下って* 川上弘美 小学館2011
梅原猛の能を観る* 梅原猛 朝日新聞社 2012
悪名の棺 笹川良一伝* 工藤美代子 幻冬舎 2010
戦後史の正体* 孫崎享 創元社 2012
1976年のアントニオ猪木* 柳澤健 文藝春秋 2007
武学探究 甲野善紀・光岡英稔 冬弓舎 2005
荒天の武学 内田樹・光岡英稔 集英社新書 2012

2013年1月20日日曜日

合掌行気以前

大井町火曜日の夜学は「活元運動以前」と「合掌行気と内観的愉気」を一週間おきに行うというスタイルで始まった。はじめてみると後者も「合掌行気以前」とうタイトルに変えた方がよさそうである。行法としての合掌行気であれば、両の手のひらが合わさった後に何が起こるかに力点が置かれても不思議ではないが、稽古として行うとなると、むしろ前半部分をどれだけ丁寧に行えるかが生命線になる。つまり、合掌行気というカタにどのように入っていけるかの追求が稽古になるわけだ。意志の力によって手と手を合わせ、合掌の形に持ち込むことは簡単である。それを意志の力に依らないで行うにはどうすればよいのか。カタの形成の問題というのは実に興味深い。他者との同調に求められる「カタ」という無意志にたどり着くために、人は先ず「カタに入ル」と意志せねばならぬ。この矛盾に折り合いをつけていくことが技になっていく。ヒトとして生きるこというのは実に厄介なことである。

2013年1月18日金曜日

紙の本を読む贅沢

Kindle Paperwhiteを購入
僕にとっては青空文庫リーダーといってよいのかな
青空文庫といっても、実際にはkindleに最適化されたファイルを
キンドルストアからダウンロードすることになる
実をいうとこの時点で、著作権の切れた文化遺産を皆で共有する
という青空文庫本来の主旨からだいぶ外れてしまう
キンドルストアでは、有料の電子書籍も並列して売られていて、
青空文庫本は価格0円の書籍という扱いになる
青空文庫本をキンドルストアで提供することで、アマゾンの購入
システムに慣れさせようという意図があるわけだ

さて肝腎のKPだが、モノとしてはちょっと淋しい
まあ、8000円に満たない端末に文句をいう方が間違ってるのだろ
うけれど
例えは悪いが、「紙皿で御飯食べてる感じ」とでもいおうか...
逆に、紙に印刷された本を読むことがどれだけ贅沢な経験である
かが浮き彫りになってしまった

KPで本を読むことは可能なのか?
寺田寅彦のエッセイは読めそうだが、長編はどうだろう