2012年10月27日土曜日

なぜ身体教育なのか? 5

【カタ】

 石川で稽古会をはじめるきっかけになった白山市のワンネススクールの生徒たち対象の稽古会を先日頼まれてやってきた。生徒たちはどんどん入れ替わっていくから、年に一回やったとしても、ほとんどの子どもたちにとっては稽古に触れるのははじめてということになる。

 今回は、「人にふれる」というテーマではじめてみることにした。はじめてみることにしたといっても、即興なのだけれど。普通に触れても、「私に触れられた」という感覚は生まれない。掌に触れられれば掌に、肩に触れられれば肩という部位に触れられた感覚が生まれるにすぎない。動きの源を、手首、肘、肩と根本の方に移していくと、体の部位に触れられるという感覚からだんだん遠ざかってくる。つまり、僕らの言葉で言えば、だんだんカタが形成されてくる。

 おもしろいよね。カタとは非自己に向かうものであるのにもかかわらず、そのカタで触れられたとき、はじめて相手は、「私に触れられた」と感じる。じゃあ「私」という感覚っていったいなんだ?ということになる。つまり、わたしたちが「私」と感じるものは、通俗的な意味での「個」とは別のものを指し示しているのではないだろうか、という地点にたどり着いてしまう。ここから文化としての身体に目が向けられることになる。

2012年10月26日金曜日

10月の読書

今月はなにげにバタバタしていて
キーボードを叩いてる時間が長かった)
図書館に行く回数も少なかった
でも読んだ本はどれも粒揃い

中国ネット最前線* 渡辺浩平編 蒼蒼社 2011
さわり* 佐宮圭 小学館 2011
アフター・ザ・レッド* 朝山実 角川書店 2012
氷山の南* 池澤夏樹 文藝春秋 2012
通天閣* 西加奈子 筑摩書房 2006
悪党* 石川知裕 朝日新聞出版 2011
 昔ながらの徒弟制度が政治家のところではまだ生きていることがとても新鮮だった
人はなぜ<上京>するのか* 難波巧士 日経プレミアシリーズ 2012
「つながり」を突き止めろ* 安田雪 光文社新書 2010
絶叫委員会* 穂村弘 筑摩書房 2010
 穂村弘の文章はせつない。明治の歌人たちが壁に釘をたてるように書いたとすれば、現代の歌人は曇ったガラス窓に指で書く幼児のようだ。どちらが日本の伝統に則っているかといえば、無論後者だ。

2012年10月5日金曜日

なぜ身体教育なのか? 4

【かた以前】

 かつて、カタとは「型にはめる」ものでしかなく、嫌悪の対象であった。自分の受けた教育は鋳型によるJIS規格製品生産ラインであると卒論の中で断罪しているほどである。この場合のカタとは学校教育を工場に例えたものであり、自分自身はそのラインの生産物であるという比喩である。この近代的大量生産モデルの問題が、カタこそが日本文化の特質であるという言説と混同され、その分別を20代の私はつけることができなかった。いま振り返れば、70年代に流行った日本人論ーその大半は『菊と刀』に代表される外からの視線を逆輸入したものなのだがーの影響を少なからず受けていることがわかる。なんども言及している某実験的大学ーFreinds World Collegeというクエーカーのはじめた大学で今はLong Island Universityのプログラムとして存続しているーの中ではリベラル急進を標榜していただけに、文化人類学的アプローチを援用することは当然の如く行われていた。当時、そこのアメリカ人学生に、「日本の教育は盆栽みたいだ。伸びようとするものをチョキチョキ切り刻んでいく」と言われ反論できずに悔しい思いをした記憶が40年近く経った今でも残っている。この近代生産モデルとしてのカタと文化の伝承装置としてのカタ。この混同はなぜ起こってしまったのだろうか。それとも、後者を前者に置き換える、あるいはすり替えるという行為は意図的に行われてきたのだろうか?整体におけるカタの問題というのは、後者に属するわけだが、このすり替えの問題をときほぐしておかないと、先に進めない、というか、すぐ元の混乱に戻ってしまうような気がするのだ。これは宿題。裕之先生の論文(The Idea of the Body in Japanese Culture and its Dismantlement)ももう一度読んでみることにしよう。日本語で読むとすれば、『これは教育学ではない』所蔵の文章か。