2012年12月28日金曜日

活元運動以前

 「稽古としての活元運動」で書いたように、活元運動の「稽古化」に手を着けた。今月、「動法としての活元運動」とタイトルを付けた稽古会をやってみたのだが、新しい発見もいくつかあって、先につながりそうな気配。実際には2時間の稽古のうち、1時間45分を「活元運動以前」のところで費やすことになってしまった。活元運動ははじめてという参加者も何人かいたのは意外だったけれど、導入としては、よかったのではないか。来期、この稽古を「合掌行気と内観的愉気」とセットで大井町の定例稽古に組み込むことにした。ただ、このタイトルだと無理やり二つの単語を同居させた感じになってしまうので、稽古名は「活元運動以前ー稽古場的活元運動の可能性」にします。従来の活元運動の導入のしかただと、どうしても人に触れるという行為が安直になってしまう傾向がある。それを避けようとすると、カタの問題に触れざるを得ない。組稽古がデフォルトになるから、まず「触れかた」から稽古していくしかない。だから、やはり「活元運動以前」なのだ。

12月の読書と今年のベスト5

幕が上ル 平田オリザ 講談社 2012
驚きの介護民俗学* 六車由美 医学書院 2012
下山事件* 柴田哲孝  祥伝社 2005
知事抹殺* 佐藤栄佐久* 平凡社 2009
検察崩壊* 郷原信郎 毎日新聞社 2012
負け犬他流試合* 酒井順子 文藝春秋 2005
日本の歴史を作った森* 立松和平 ちくまプリマー新書 2005
ラジオ福島の300日* 片瀬京子とラジオ福島 毎日新聞社 2012


【2012ベスト5】

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか* 増田俊也 新潮社 2011
ピダハン ダニエル・L・エヴェレット みすず書房 2012
困ってるひと 大野更紗 ポプラ文庫 2012
短歌の友人 穂村弘 河出文庫 2011
脱出記*  スラヴォミール・ラウィッツ ソニー・マガジンズ 2005

<番外>
争うは本意ならねど 木村元彦 集英社インターナショナル 2011
たった独りの引き揚げ隊 石村博子 角川文庫 2012
知事抹殺* 佐藤栄佐久* 平凡社 2009

2012年12月10日月曜日

稽古としての活元運動

 活元運動は僕にとっての宝物である。そもそも、整体に道に入るきっかけになったのも、活元運動、殊に相互運動における「感応」というものに惹かれたからだ。

 活元運動はいうまでもなく整体協会の宝である。その宝物をひとつの入口にして(あるいは踏み絵にして)活動しているわけだ。活元運動で検索すればおびただしい件数がヒットするし、それはkatsugen undoで検索しても同じである。ここ50年の整体協会の活動を通して、活元運動はひとり歩きをはじめ、この単語が世に浸透するに従い、それがどのような起源をもつか誰も気にしなくなった。

 稽古場ができた当初(うわっ24年前だ!)、活元運動も稽古種目に含まれていて、一日4コマ(当時は一日4コマが標準だった)すべて活元運動という日まで設定されていた。その頃だけで、もう一生分の活元運動をやったぞ、というくらいやり込んだ。その後、諸事情あって稽古種目から外されていき、活元運動を知らない稽古者も増えてきた。

 数年前、活元運動の会を主宰しているグループに頼まれて稽古会をやっていた時期がある。その人たちによると稽古会は毎回やることが違っているので難しいという。たしかに、毎回同じプロトコルに沿って会が進んでいく活元会に参加している人たちにとって、手を変え品を変え、いろんな角度から切り込んでいく稽古会のアプローチは面倒だと感じるらしい。彼我の間に横たわっている川はなかなか深い。

 活元運動を稽古化するのは、なかなか難しい。つまり、活元運動に対し、誰もがある「イメージ」を抱いていてーそれまでの活元運動体験のなかで形成された記憶ーそれからなかなか離れられない。僕自身そう。それでも、時折思い出したように「稽古としての活元運動」を試みてきた。要は、準備運動の三つの動作を動法的に解析してできるだけ丁寧に行うというものだったのだが、これだけでも、活元運動の質は大きく変わる。でも、継続的な稽古に加えるにはもの足りなくて、それっきりになってしまっていた。

 ここ数年の稽古の進化、特に接触におけるカタの問題ー稽古における永遠のテーマですねーをとりいれて、活元運動の稽古化に今一度取り組みはじめている。まだ数回試みた段階なのだが、今回の手応えはちょっと違う。週末の集注稽古もこのテーマでやってみようかしらね。

2012年11月26日月曜日

11月の読書

今月は読みかけの『ピダハン』で手一杯だと思うので、ちょっと早めにup

ピダハン ダニエル・L・エヴェレット みすず書房 2012
 やっぱりサピア=ウォーフでしょう
ウェブで政治を動かす! 津田大介 朝日新書 2012
時速250kmのシャトルが見える 佐々木正人 光文社新書 2008
弱いロボット* 岡田美智男 医学書院 2012 
ガラスの煉獄* 壇上志保 新潮社 2010
日本を捨てた男たち* 水谷竹秀 集英社 2011
美の壺ー魯山人の器* NHK出版 2006

2012年11月9日金曜日

なぜ身体教育なのか? 6

【客】

 先日、大井町稽古場を見学に来たスイスの人に、「あなたがやっていることは治療なのか」という質問を受けた。手を触れる人がいて、触れられる人はうつ伏せに寝ている風景を見れば通俗的な治療形態に見えてしまうのかもしれない。ただ、治療という概念には、あらかじめ治療する人と治療されるという役割分担が内蔵されている。そのような役割分担のない関係をつくりあげ、そのような関係の中で起こる出来事を体験することが、私たちの目指すところであり、そういう意味において私たちの行なっていることは治療ではない。
 動法の稽古等、動きものの稽古風景をみれば、私たちのやってることは体育として理解されやすい。しかし、前述の風景を含め、体育と称している。まず受ける側にそれ相応の嗜みを求めている。坐法臥法というものを定め、毛氈の上での立ち振舞をまず覚えていただく。いわばお茶室に入るように毛氈の中に入っていただく。お茶室に客として入った人間が、放縦に振舞っていたのではお茶会が成り立たず、客としての素養が問われることになる。それと同じである。この客としての嗜みを育てることこそが、私たちが体育とよんでいるものであるのかもしれない。
 いつから客という言葉が消費者を意味する言葉になってしまったのか。伝統芸能とよばれているものが衰退の道を歩んでいるのも、この客という感覚が薄れていっていることと対応している。客という言葉の本来の意味を今一度噛み締める必要がある。

2012年10月27日土曜日

なぜ身体教育なのか? 5

【カタ】

 石川で稽古会をはじめるきっかけになった白山市のワンネススクールの生徒たち対象の稽古会を先日頼まれてやってきた。生徒たちはどんどん入れ替わっていくから、年に一回やったとしても、ほとんどの子どもたちにとっては稽古に触れるのははじめてということになる。

 今回は、「人にふれる」というテーマではじめてみることにした。はじめてみることにしたといっても、即興なのだけれど。普通に触れても、「私に触れられた」という感覚は生まれない。掌に触れられれば掌に、肩に触れられれば肩という部位に触れられた感覚が生まれるにすぎない。動きの源を、手首、肘、肩と根本の方に移していくと、体の部位に触れられるという感覚からだんだん遠ざかってくる。つまり、僕らの言葉で言えば、だんだんカタが形成されてくる。

 おもしろいよね。カタとは非自己に向かうものであるのにもかかわらず、そのカタで触れられたとき、はじめて相手は、「私に触れられた」と感じる。じゃあ「私」という感覚っていったいなんだ?ということになる。つまり、わたしたちが「私」と感じるものは、通俗的な意味での「個」とは別のものを指し示しているのではないだろうか、という地点にたどり着いてしまう。ここから文化としての身体に目が向けられることになる。

2012年10月26日金曜日

10月の読書

今月はなにげにバタバタしていて
キーボードを叩いてる時間が長かった)
図書館に行く回数も少なかった
でも読んだ本はどれも粒揃い

中国ネット最前線* 渡辺浩平編 蒼蒼社 2011
さわり* 佐宮圭 小学館 2011
アフター・ザ・レッド* 朝山実 角川書店 2012
氷山の南* 池澤夏樹 文藝春秋 2012
通天閣* 西加奈子 筑摩書房 2006
悪党* 石川知裕 朝日新聞出版 2011
 昔ながらの徒弟制度が政治家のところではまだ生きていることがとても新鮮だった
人はなぜ<上京>するのか* 難波巧士 日経プレミアシリーズ 2012
「つながり」を突き止めろ* 安田雪 光文社新書 2010
絶叫委員会* 穂村弘 筑摩書房 2010
 穂村弘の文章はせつない。明治の歌人たちが壁に釘をたてるように書いたとすれば、現代の歌人は曇ったガラス窓に指で書く幼児のようだ。どちらが日本の伝統に則っているかといえば、無論後者だ。

2012年10月5日金曜日

なぜ身体教育なのか? 4

【かた以前】

 かつて、カタとは「型にはめる」ものでしかなく、嫌悪の対象であった。自分の受けた教育は鋳型によるJIS規格製品生産ラインであると卒論の中で断罪しているほどである。この場合のカタとは学校教育を工場に例えたものであり、自分自身はそのラインの生産物であるという比喩である。この近代的大量生産モデルの問題が、カタこそが日本文化の特質であるという言説と混同され、その分別を20代の私はつけることができなかった。いま振り返れば、70年代に流行った日本人論ーその大半は『菊と刀』に代表される外からの視線を逆輸入したものなのだがーの影響を少なからず受けていることがわかる。なんども言及している某実験的大学ーFreinds World Collegeというクエーカーのはじめた大学で今はLong Island Universityのプログラムとして存続しているーの中ではリベラル急進を標榜していただけに、文化人類学的アプローチを援用することは当然の如く行われていた。当時、そこのアメリカ人学生に、「日本の教育は盆栽みたいだ。伸びようとするものをチョキチョキ切り刻んでいく」と言われ反論できずに悔しい思いをした記憶が40年近く経った今でも残っている。この近代生産モデルとしてのカタと文化の伝承装置としてのカタ。この混同はなぜ起こってしまったのだろうか。それとも、後者を前者に置き換える、あるいはすり替えるという行為は意図的に行われてきたのだろうか?整体におけるカタの問題というのは、後者に属するわけだが、このすり替えの問題をときほぐしておかないと、先に進めない、というか、すぐ元の混乱に戻ってしまうような気がするのだ。これは宿題。裕之先生の論文(The Idea of the Body in Japanese Culture and its Dismantlement)ももう一度読んでみることにしよう。日本語で読むとすれば、『これは教育学ではない』所蔵の文章か。

2012年9月29日土曜日

なぜ身体教育なのか? 3


【同化された体験としての体】

 ここまでは、風邪を例えに体験と身体ということを書いてきたが、食べ物の消化吸収の話の方が、わかりやすいかもしれない。食事をエネルギー補給だと思っているひとは多い。それにしても、人間の体を機械に例える習慣はなんとかならないものか。分かり易いといえばその通りなのだけれど…。思春期の子供たちの底なしの食欲などをみていると、食い物が体を作っていくという実感はある。ただ、栄養学的に足りないものを足すという考え方は偏りがすぎる。むしろ、食べるという体験、つまり、食べものという他者との邂逅によって生まれた体験をを同化することで体が作られていくという説明のしかたのほうが納得できる。しかも、料理って、材料をそのまま食ってるわけではなくて、料理する人が介在している。材料にしても、それを育てた人、あるいは捕まえた人だっている訳だ。料理する人だって、料理する過程で、食材と出会い、なんらかの体験をし、その体験が料理に反映されてて、それを僕らは口に入れ、そこでまた、体験が生まれて…という風に、体験の連鎖として僕らは食事をしている。じゃあ、体験の同化によって僕らの体が形成されているとしたら、その体の中に、当然のことながら「他者性」というものを認めていかざるを得なくなる。

 もっとも体には異化の働きもある。同化する見込みのないものは異化し、排除する。打撲ってありますね。打ち身。整体では打撲を恐れる、という言い伝えがあるけれど、この打撲ってなんだろう。打撲とは同化されないまま残っている未消化の体験と理解すればよいと思う。異化されたまま潜在している体験。体の基本的なはたらきは同化にあるから、季節の変わり目など、眠っている打撲が起きだしてくる。つまり、同化しようという働きが起こってくる。実際のところ、打撲のない人間はいないわけで、皆それぞれ古傷を抱えて生きている。打撲もうそうだし、挫折もそう。つまり中断されれ実現されなかった欲求の痕跡が、体中に散らばっている。それらをひとつひとつ同化のプロセスに流し込んでいく。これもまた整体の愉しみと呼べるかもしれない。つまり、同化のプロセスが進行することによって、体は刻々と刷新されていき、次々と新しい視点を得て、昔の体験そのものもバージョンアップされてくるのだから。自分探しとか、いまだ流行っているらしいけれど、新し自分を見つけるって、すごく簡単。古傷ひとつを同化しちゃえば、もうそこに新しい自分が現出するのですよ。

(あらためてお断りするまでもないと思いますが、ここで私がつらつら書いているものの全ては晴哉先生や裕之先生の受け売りです。もっとも誤理解ということはあるかもしれず、この誤理解の部分にだけに私のオリジナリティがあるということになります。)

なぜ身体教育なのか? 2

【風邪の効用】

  ここからいきなり整体の話になる。ここでいう整体とは、言うまでもなく、野口晴哉の整体のことであり、身体教育研究所の整体のことである。ただ、整体を学んでいる人たちといっても千差万別で、「私薬飲んでないから整体人」という人から、「健康なんてクソじゃ」という稽古場の人まで様々。それはそれでいいと思う。単に薬を飲まないということ一つとっても、無駄な医療費を増やしてないという意味で社会に貢献しているはずなのに、世間的には反社会的存在であったりする。へんな世の中だ。それはともかく、なぜ整体の人は薬を飲まないのかというあたりから、体験と教育というところに話を移していくことにしよう。

 たとえば、晴哉先生の「風邪の効用」を読めば、人が風邪を引き、熱を出し汗をかき、その後の低温期を上手に経過すると体はリフレッシュされると書いてある。それをただの健康法とだけ理解する人は多いのだが、教育の見地から見れば、実に重要なことが示唆されていることが分かる。つまり、「人は体験をどのように同化させていくか」のひな形がここに示されている。風邪を例えばインフルエンザとか外因性のものとしよう。人の体とウイルスが衝突するわけですね。発熱はその境界線上で起こる。疫学的な発熱のメカニズムはいくらでも説明可能であろうが、人が何かを経験するということは、そこに他者との邂逅というものがある。その他者というのはウイスルであっても、人間であっても構わない。それではウイルスや細菌を擬人化しすぎでしょ、という意見が出てくるかもしれないが、人を一個の統一体と捉えれば、これは擬人化でもなんでもなくて、当たり前のことである。「体験は他者との邂逅として生まれる」という定義はそう的は外してないはずだ。

 問題は「人は体験をどのように同化させていくか」という点なのだ。晴哉先生曰く、風邪を引いたときは、発熱ー低温期ー平温に戻る、という過程を経ることが自然であり、それを経過すれば新しい体になると仰っている。活元運動の場合の、弛緩ー過敏ー排泄も同様である。つまり、「新しい体」とは、体験を同化した身体という意味。そう考えれば、この同化の経過を邪魔するものとして薬の服用があったりするわけだ。そう、整体の人とは、薬を飲まない人のことじゃなくて、自分の中で起こっている同化のプロセスを心静かに見つめられる人のことをいうのです。

 そう考えると、「体験学習」ってものの難しさというのも浮き彫りにされる。体験主義がただの現場主義だったら、学習者を混乱させてお終いということになりかねない。その体験をどう吸収させるかという部分が制度としてないと成り立たない。1で書いた学校の日本センターで5年仕事したのだが、いま振り返ると、カウンセラー的な仕事が多かった。つまり、この同化のプロセスの部分のケアをよくわからないままやっていた訳だ。

 ・異文化を通してみえてくるもの 月刊全生 1987年

なぜ身体教育なのか? 1

【承前】

 スキャンした昔々の自分の書いた文章を読んで、なんだ20代の頃とぜんぜんブレないでやってきたんだということが確認できた。ブレてないというか、あんまり前に進んでないぞ。とはいえ、身体教育というものに関わってきて30年、その後の進捗度合いというか、少なくとも現段階でのまとめというものをひとつやっておかないとイカンなという気分になってきた。と、同時に、自分の仕事の領域を広げていくきっかけにもしたい。そんな訳で、これからしばらく、取り留めもなく、とはいえ、ある程度のまとまりを目指して、いま考えていることを文章にしていくことにする。

 かつて、私が在籍したのが、「体験学習」を元にした「実験的」大学 - an experimental college based on experiential learning であったということが、教育という分野に頭を突っ込むことになったきっかけである。「体験学習」というのは「現場主義」と言い換えてよいと思うのだが、つまりは、学生を現場に放り込み、そこで問題を感じとらせることを眼目にしていた。しかしながら、そこに確固とした方法論があったとは言い難く、体験→レポート→評価→体験→…..を繰り返しながら、いわば行き当たりばったりの体験をしながら卒業していくという仕組みになっていた。当然のことだけれど、当たり外れは大きく、ある一定のレベルを保つことは困難なシステムであったといえる。これを学校という枠組みの中で学費をとってやろうという野心はよしとするとしても、かなり無理のあるシステムである。今でこそ、大学生が夏休みを利用して研修旅行と称したツアーに参加することで単位を獲得するという制度は普通であるが、私のケースは1970年代のことであり、当然のことながらインターネットなどというものはまだない。それどころか、国際電話ひとつかけるにしても10分3000円とかの時代である。

 ・FWC JOURNAL 1974 SANA FE COMMUNITY SCHOOL 
 ・FWC JOURNAL 1974-75 INDIA 
 ・FWC THESIS 1976 

2012年9月26日水曜日

9月の読書

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか* 増田俊也 新潮社 2011
 柔道史・プロレス史・戦後史・日系人史・ブラジル・ハワイ..... 実をいうとまだ700頁のうち550頁を読み終えた段階。でもまあ、よくここまで書き込んだものだと脱帽。
世界音痴* 穂村弘 小学館 2002
よみがえれ!老朽家屋* 井形慶子 新潮社 2011
白の民俗学へ* 前田速夫 河出書房新社 2000
春を恨んだりしない* 池澤夏樹 中央公論新社 2011
高峰秀子の流儀* 斎藤明美 新潮社 2010
神仏習合* 義江彰夫 岩波新書 1996
神々の明治維新* 安丸良夫 岩波新書 1979
原発危機 官邸からの証言 福山哲郎 ちくま新書 2012

2012年8月29日水曜日

8月の読書

心臓に毛が生えている理由* 米原万里 角川学芸出版 2008
人間の叡智 佐藤優 文春新書 2012
現実入門* 穂村弘 光文社 2005
新リア王* 高村薫 新潮社 2005
失われた鮨をもとめて* 一志治夫 新潮社 2006
たった独りの引き揚げ隊 石村博子 角川文庫 2012
オオカミの護符* 小倉美惠子 新潮社 2011
家族の勝手でしょ* 岩村暢子 新潮社 2010
庄内パラディーゾ* 一志治夫 文藝春秋 2009
仏教教理問答* 宮崎哲弥 サンガ 2012
円朝の女* 松井今朝子 文藝春秋 2009
宮本武蔵* 魚住孝至 岩波新書 2008
日本のリアル 養老孟司 PHP新書 2012
ブラジルの流儀* 和田昌親 中公新書 2011
「言語技術」が日本のサッカーを変える* 田島幸三 光文社新書 2007
最後の冒険家* 石川直樹 集英社 2008

2012年7月29日日曜日

7月の読書

月への梯子* 樋口有介 文藝春秋 2005
きものという農業* 中谷比佐子 2007
時には漫画の話を* 川本三郎 小学館 2012
短歌パラダイス* 小林恭二 岩波新書 1997
「森の長城」が日本を救う* 宮脇昭 河出書房新社 2012
新宗教ビジネス* 島田裕巳 講談社biz 2008
生きていく民俗 宮本常一 河出文庫 2012
311を撮る* 森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治 岩波書店 2012
宮大工棟梁・西岡常一「口伝」の重み* 西岡常一棟梁の遺徳を語り継ぐ会 日本経済新聞社 2005
もしもし、運命の人ですか。* 穂村弘 メディアファクトリー 2007
アダムの呪い* ブライアン・サイクス ソニー・マガジンズ 2004

2012年6月28日木曜日

6月の読書

梅雨時は読書時、のようです

社長・溝畑宏の天国と地獄* 木村元彦 集英社 2010
困ってるひと 大野更紗 ポプラ文庫 2012
 こんなドライブ感のある文章と出会ったのは久しぶりだ
風雪の檻* 藤沢周平 講談社文庫 2002
飼い喰い* 内澤旬子 岩波書店 2012
母の遺産 水村美苗 中央公論社 2012
短歌の友人 穂村弘 河出文庫 2011
春秋山伏記* 藤沢周平 角川文庫 1984
なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか* 想田和弘 講談社現代新書 2011
僕が2ちゃんねるを捨てた理由* ひろゆき 扶桑社新書 2009
春秋の檻* 藤沢周平 講談社文庫 2002
ドラゴン・ティアーズ* 石田衣良 文藝春秋 2009
田舎暮らしに殺されない法* 丸山健二 朝日新聞出版 2008
女子学生、渡辺京二に会いに行く* 渡辺京二x津田塾大学三砂ゼミ 亜紀書房 2011
働かざるもの飢えるべからず。* 小飼弾 サンガ 2009
島国チャイニーズ* 野村進 講談社 2011
キップをなくして* 池澤夏樹 角川書店 2005
日本的感性 佐々木健一 中公新書 2010

2012年5月30日水曜日

5月の読書

読書月間でした
藤沢周平を読んだりもして...
 
独立国家のつくりかた 坂口恭平 講談社現代新書 2012
「あなたの本はリトルモアという出版社からしか出版できない」とアドバイスした彼の友人はスゴいな
外国人力士はなぜ日本語がうまいのか* 宮崎里司 日本語学研究所 2001
こんな噺家は、もう出ませんな* 京須偕充 講談社 2011
パリの異邦人* 鹿島茂 中央公論社 2008
くさいものにフタをしない* 小泉武夫 筑摩書房 2005
江戸の女は俳諧師「奥の細道」を行く* 金森敦子 2008
人間の檻* 藤沢周平 講談社文庫 2002
オカルト 森達也 角川書店 2012
 森達也のウロウロぶりを好感する
犬儒派だもの* 呉智英 双葉文庫 2006
早春* 藤沢周平 文春文庫 2002
言葉を育てる 米原万里対談集* ちくま文庫 2008
 米原本は網羅していると思っていたが、読み残しがあった
毒婦 北原みのり 朝日新聞出版 2012
知の現場から* 原武史編 河出書房新社 2010
やっぱり昔ながらの家がいい* 辻垣正彦 晶文社2004
日本人の坐り方* 矢田部英正 集英社新書 2011
ぼくは猟師になった* 千末信也 リトルモア 2008
きみのためのバラ* 池澤夏樹 2007

2012年5月4日金曜日

受け身の参加感覚

1)昨日の稽古で体験した「受身の参加感覚」の発現というのは稽古場でやろうとしてきたことのひとつの到達点のように思える。

2)稽古場で育てようとしているものは、よき「演奏者」ではなく、よき「聴衆」なんだろうと思いながら20年間稽古を続けてきた。つまり、出来なかったことが出来るようになる技の追求よりも、出来なかったことがなぜか出来てしまうようになる技の追求と言い換えてもよい。

3)「技」といってしまうと個人の技になってしまうから、むしろ「稽古法」と呼ぶべきだろうし、実際そう称してきた理由もこれで納得できる。

4)よき聴衆となったとして、それは職業にはなりそうもない。職業として成り立てば面白いのだろうが、それは当面難しそう。しかし、これが教養として多くの人たちに共有されれば、おそろしく強靭な文化力となる。

5)かくして、これを職業にできるのは稽古法を編み出せる者ということになる。

6)なぜ古典なのか、という問いに対する答もここにある。古典は稽古法の宝庫である。

7)振りかえって我が身を見れば、「出来なかったことを出来るようにさせる」教師的役割に堕し、稽古法を編み出す努力が決定的に足りてない。還暦を前にしての壁は、このような壁でもあったのだ。

2012年4月29日日曜日

4月の読書

遍路みち* 津村節子 講談社 2010
正しいパンツのたたみ方 南野忠晴 岩波ジュニア新書 2011
動員の革命 津田大介 中公新書ラクレ 2012
いま集合的無意識を、 神林長平 ハヤカワ文庫 2012
富士山噴火* 鎌田浩毅 講談社ブルーバックス 2007
死ぬな生きろ* 藤原新也 スイッチ・パブリッシング 2010
日本史の誕生 岡田英弘 ちくま文庫 2008
福島原発の真実 今西憲之+週刊朝日取材班 朝日新聞出版 2012
大往生したけりゃ医療とかかわるな 中村仁一 幻冬舎文庫 2012

2012年3月29日木曜日

3月の読書

伊勢詣と江戸の旅* 金森敦子 文春新書 2004
おまけの人生* 本川達雄 阪急コミュニケーションズ 2005
四国八十八カ所ゆとりの旅*  ブルーガイド 2004
「当事者」の時代 佐々木俊尚 光文社新書 2012
神様2011* 川上弘美 講談社 2011
大和魂* 赤瀬川原平 新潮社 2006
ケルト巡り* 河合隼雄 日本放送出版協会 2004
脱・電脳生活* マイケル・シャリス 工作舎 1992
きもの噺* くまざわあかね・長谷川義史 ポプラ社 2007
自然は脈動する アリック・バーソロミュー 日本教文社 2008
怪優伝* 佐野眞一 講談社 2011
源内なかま講* 高橋克彦 文藝春秋 2011
夢枕獏の奇想家列伝* 夢枕獏 文藝春秋 2009
フリーエネルギー技術開発の動向 D. A. Kelly編 技術出版 1988

2012年2月28日火曜日

2月の読書

四国遍路 辰濃和男 岩波新書 2001
布のちから 田中優子 朝日新聞出版 2010
コトバ・言葉・ことば* 川田順造 青土社 2004
さいごの色街飛田* 井上理津子 筑摩書房 2011
争うは本意ならねど 木村元彦 集英社インターナショナル 2011
四国お遍路バックパッキング 小学館 2003
街場のアメリカ論* 内田樹 NTT出版 2005
古代から来た未来人 折口信夫* 中沢新一 ちくまプリマー新書 2008
「ぐずぐず」の理由* 鷲田清一 角川選書 2011
DNAでたどる日本人10万年の旅* 埼谷満 昭和堂 2008

2012年1月30日月曜日

1月の読書

A3* 森達也 集英社インターナショナル 2010
縄文聖地巡礼* 坂本龍一・中沢新一 木楽舎 2010
検定絶体不合格教科書・古文*  田中貴子 朝日新聞社 2007
街場の中国論* 内田樹 ミシマ社 2007
運を超えた本当の強さ 桜井章一 日本実業出版社 2011
亜米利加にも負ケズ* アーサー・ビナード 日本経済新聞 2011
脱出記*  スラヴォミール・ラウィッツ ソニー・マガジンズ 2005