2017年8月14日月曜日

せうそこ#4

9月末に開催予定のせうそこの4回目のおしらせ
どういう展開になるのか、まったく予測不能です


2017年8月4日金曜日

8月3日

二年前の8月3日、白山稽古会を終え京都にやってきた私は、なぜかこの等持院の家と出会い、小さなスイッチがカチッと入ってしまった。あの日の京都は35度を超える猛暑日で、閉め切られていたこの家の中の気温はいったい何度だったのだろう。二ヶ月後、私は京都の住人となっていた。8月3日はロイ先生のご命日でもある。あれから三年。

2017年8月2日水曜日

はちのす

ご注意!
等持院稽古場の玄関先
石段上がって右側の南天の木の下に
直径10センチくらいの蜂の巣がころがっています
昨日発見し、隅っこの土の上に移動させたのですが、10匹くらいの蜂が出入りしている模様
どう処理するか検討中ですが、余分な殺生はしたくないので、当面様子見のつもりです
よい対応法あればご教示ください
レンガを置いて目印にしていますが、くれぐれもご注意ください
心配な方は、呼び鈴押してくだされば迎えに出ます

2017年7月31日月曜日

熱風

京都は熱風が吹いている
台所の温度計は32度を示している
ちょっと危険
洋間のエアコンを入れる
去年はほとんどエアコンなしで過ごしたように思うのだが、
今年はまだ湿気が抜けず、体感的には厳しい夏だ
さっきまで、ゴロゴロ雷がなり、雲も低く暗くなっていたのに
夕立は等持院を迂回していったらしい

ながいながい7月も今日で終わり
孫が来て、室野井さんがなくなり、田中さんが来て、
それから石川に行って、月末の稽古会も無事終了
今回、三日間集注を保てたというの大きな自信でー中味についていけていたかというと、それは別の話ー稽古がまた面白くなってきた

7月、等持院では一息脱力の稽古を主眼にしてやっていた
一息脱力も、坐法臥法と同じようにかなり稽古場初期のころにできあがった稽古法だが、
技法がどんどん進むことで、一息脱力も進化してきた
行気もまた然り

来月は中旬から動き回ることになる
お盆前には、石川のワンネスのサマーキャンプに加えてもらうことにした
鳥越ではなく、糸魚川に移動して、縄文山田さんのリードで海遊び
さらには、竪穴式住居で寝るという

お盆開けには東京で講座があるので、15日から出かけていくことにした
この夏は送り火が見られないのはちょっと残念
講座のあと、郡上踊り、白鳥おどりを見に行こうと思っている
日程は19日〜21日
興味の有りそうな人に声をかけてみたが、なかなか日程が合わず、
このままでは単独決行ということになりそうで、ちと心細い
現在隊員募集中です

7月の読書

映画にまつわるxについて 2* 西川美和 実業之日本社 2017
ぼくはお金を使わずに生きることにした* マーク・ボイル 紀伊國屋書店 2011
セカンドハンドの時代* スヴェトラーナ・アレクシエーヴィッチ 岩波書店 2016
さわる文化への招待* 広瀬浩二郎 世界思想社 2009
生きる職場 武藤北斗 イースト・プレス 2017
哲学の自然* 中沢新一・國分功一郎 太田出版 2013

2017年7月24日月曜日

あとがきのつづき

せうそこ3ができあがってきた
#1#2とはずいぶん異なった構成になっている

あとがきとして「喪が明ける」ことについて書いたのだが、
では、喪が明けたあと、なにがやってくるのか?
身も蓋もない結論なのだが、「俗」がやってくるのだ
イヤダイヤダ

このせうそこシリーズ、秋から第2期がはじまることになっています



2017年7月20日木曜日

左京区

「外」に空間現代のライブを聴きに行き、「片桐ユズルにきく」会に参加したりと、左京区にばかり出かけている。今日、はじめて訪ねていったミシマ社、ここも左京区だった。40数年前、京都暮らしをはじめたのが左京区だったから、いちばん土地勘はきくエリアで、今でも左京区に行くと、どことなくなつかしい。

ミシマ社であった対談「イスラムから世界を見ると」は面白かった。買ったことのある本の筆者の話を聴きにいこうなんて思い立ったのは京都のサイズ感の賜物だろう。なんせ、ミシマ社まで自転車で30分。あまりにもとぼしい自分のイスラム体験 - イスタンブールからデリーまで三週間かけてひたすら移動したことがある(1974)- と現代政治の間は埋めようもないが、オリエンタリズムを介さずにイスラムを知るには、うってつけの話者二人(中田考・内藤正典)だったし、イスラムを鏡にして日本社会を相対化していく試みは有効だ。お二人の話を聴きながら、イスラム国の勃興が、わけしり顔の大人に対する若者の反乱ではないかというの僕の見立てはそう的を外してないように感じられた。西欧列強が勝手に引いた国境線がそもそもの混乱の元なのだから。